文舵練習問題

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『文体の舵をとれ』練習問題(10)

陸橋から電車を見下ろす。まだ肌寒い三月。一人の部屋に戻るのが嫌で、ここで酒を飲んでいる。「何、飲んでるんですか」 あたたかい声がした。振り向けば春がいた。 つやつやとした茶髪から覗く、まあるく大きな耳。柔らかくこちらを見上げる瞳。その薄い微...
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『文体の舵をとれ』練習問題(9-2)

①(人物) インターホンのベルが鳴る。画面の中に二人の女が立っている。 五年前に大学への近さだけで選ばれた築三十年、1K二〇平米、三階、バス・トイレ別、月7万円の部屋は彼女の入居前に一通りリフォームされて、内装には築年数を感じさせない清潔さ...
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『文体の舵をとれ』練習問題(9-1)

問一「なんか、喋んないですよね」「え?」「いつも黙っちゃうじゃないですか」「いや、そう?」「そうですよ! え、自覚ないんですか? いまも黙ってましたよね?」「いや、でも、喋るのも変じゃない?」「別に変じゃないですよ」「いや、何喋ればいいの」...
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『文体の舵をとれ』練習問題(8)

【問一:明示的な視点の切り替え】 神谷内香織は、目を開けているのか閉じているのかわからなくなった。まばたきをして、かっと目を見開いてみる。すると少しの間は確かに目を開けていると思えるのだが、数歩進むうち曖昧になる。そんなとき、前に伸ばした手...
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『文体の舵をとれ』練習問題(7-3)

【問四(潜入型の語り手)】 神谷内香織は湯に身体を沈め、息を大きく吐いた。急に始まったこの二人旅、いきなり知らない土地で宿無しになりかけ、なんとか見つけた宿は廃屋同然。どうなることかと緊張続きだったところから、存外と感じの良い露天風呂に浸か...
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『文体の舵をとれ』練習問題(7-2)

【問二(遠隔型の語り手)】 一灯の明かりだけが照らす小さな露天風呂に、二人の若い女がいた。 一人の女が湯に入るところだ。もう一人に遠慮するような間柄ではないらしく、肌を露わに湯船に足を踏み入れる。身を浸しながらその表情はもう緩んでいる。湯の...
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『文体の舵をとれ』練習問題(7-1)

【問一(三人称限定視点)①】 香織が湯に身体を浸すと、熱が染みた。全身の力が抜け、思わず声が出そうになって、けれども出てきたのは長い吐息だけだった。 夜闇に立つ湯気の中、手を伸ばせば届く距離で、燈花は目を閉じている。いつも通り涼しい顔だけれ...
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『文体の舵をとれ』練習問題(6)

【三人称/全体を現在時制】 老婆はお守り代わりの銃床を撫で、闇に沈む相手を睨む。狩人の目だ、いまも変わらぬ、と闇から声。違うね、老いれば変わる、と彼女は答える。もう銃なんて使えない。出されたカードから指定枚数を選びデッキとする。節くれ立った...
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『文体の舵をとれ』練習問題(4)

問一: 目を閉じ、息を吐ききる。刹那、闇を見切った男の足元、蛇が落ちて転がった。切ったのだ。鋭い切っ先の輝きに、蛇たちは殺意の叫びを向ける。緋色に切れ込む魔眼も、男が目を閉じていれば力を顕さない。蛇たちは一斉に毒牙を光らせ、堰を切ったように...
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『文体の舵をとれ』練習問題(3)追加

追加問一:何がヒーローやこれよう言わんわ。こんな剣ほんま重たいであかんわ。狭くてかなわんし何や空気悪いわ。なんやねんこの15て浮いとるん。歳ちゃうなもう今年19やさかい。なんか言うてえな聞こえとるやろ。そなわかってるレベルいうんやろ。そのヒ...
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『文体の舵をとれ』練習問題(3)

問一:赤く焼けた肌の男は深呼吸をした。無理して片手で構えた剣が震える。男の割り当ては窓一つない小部屋。頭の上に15という数字が浮かぶ。その数字は大きくも小さくもない。絶望も安心もできない数字だった。時折何か崩れる音がし床が揺れる。額の汗を拭...
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『文体の舵をとれ』練習問題(2)

できるだけ小ぶりで動きがゆっくりで浅いところにいる子に狙いを定めて頭の方から斜め四十度くらいでポイを差し入れると金魚は目の前に急に現れた影に驚いて踵を返すいやこの子には踵なんてないけれどともかく振り向く反転する後ろを向くそこをこの白くてきれ...
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『文体の舵をとれ』練習問題(1)

遠い昔の大昔。ときは幕末、天下は大揺れ。黒船来航、和親に開港、ところが揺れていたのは世の中だけじゃあなかった。まさに天下、お天道様の見下ろすこの地面。大地が、ぐらりぐらりと揺れていた。地面の下にいるのは、黒々大きな大ナマズ、ぶるんぶるんと大...