『文体の舵をとれ』練習問題(1)

 遠い昔の大昔。ときは幕末、天下は大揺れ。黒船来航、和親に開港、ところが揺れていたのは世の中だけじゃあなかった。まさに天下、お天道様の見下ろすこの地面。大地が、ぐらりぐらりと揺れていた。地面の下にいるのは、黒々大きな大ナマズ、ぶるんぶるんと大暴れして、後の世に言う安政の大地震、江戸は山崩れ家倒れ、上へ下への大騒ぎ。昔から困ったときの神頼みとは言うもので、鹿島様、鹿島様、お願いでございます、どうぞもう地震はご勘弁を、何卒何卒、どうかお守りくださいと、江戸中の人々は一心に祈った。それを聞いた鹿島大明神は、あいわかった、それでは地震を起こした不届き者の大ナマズ、ひとつこれを懲らしめてやろうってんで、その大きな足でナマズの額をがっしがっしと踏みつけて、そらナマズ、もう地震を起こすでないぞ、わかったか。哀れナマズは踏みつけられ、地に這いつくばっては土を舐め、へへえ、わかりました、もういたしませんのでどうかご勘弁ご勘弁。いいか、絶対だぞ、今度また揺らしてでもみろ、その皮剥いで、蒲焼きにして喰らってやるからな。へへえ、堪忍堪忍。こうして鹿島様のおかげで大地は静まり、天下は落ち着き、江戸の人々は大いに安心しました……と、さて、そんなわけがあると思うか?

 だって、おかしいじゃないか。鹿島大明神、武甕槌神ってのは、もともと大地を守る神様なんだろう? どうして、地震が起こってから呼ばれて、大ナマズを懲らしめにかかるんだ? 最初から守ってないといけないはずじゃあないの? その神威があれば、そもそもどうして地震が起こったの? それとも、起こってしまった地震は天意、神様の気まぐれ、変えられぬ道理だっていうの? それだったら江戸の人々も、祈るんじゃなくて怒るべきだ。どうしてちゃんと大ナマズを押さえておいてくれなかった。どうして地震を起こした。そのせいで私の家が倒れた。火事に遭った。家族を亡くした。そうだっていうのに、どうして鹿島様に祈る。どうして祈れる。

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『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』の練習問題① 問1「一段落〜一ページで、声に出して読むための語り(ナラティヴ)の文を書いてみよう。その際、オノマトペ、頭韻、繰り返し表現、リズムの効果、造語や自作の名称、方言など、ひびきとして効果があるものは何でも好きに使っていい――ただし脚韻や韻律は使用不可。」への作品です。

 ル=グウィン先生の合評会の鉄の掟では作者は沈黙。言い訳はなし。

 合評会では、段落の切り替えにあわせて語りの調子が変わる表現、語り手との距離感について色々とコメントをいただき勉強になりました。

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