『文体の舵をとれ』練習問題(2)

 できるだけ小ぶりで動きがゆっくりで浅いところにいる子に狙いを定めて頭の方から斜め四十度くらいでポイを差し入れると金魚は目の前に急に現れた影に驚いて踵を返すいやこの子には踵なんてないけれどともかく振り向く反転する後ろを向くそこをこの白くてきれいなお腹の下から素早くポイで取り上げてお椀に持っていくそのとき金魚の体重をもろに受けないようになにしろ和紙は繊細だからポイはなるべく水平にだけ動かして水面離れる最後の一瞬できるだけ金魚がポイの枠のところに乗るように和紙が叩かれないように元気な尾ひれは枠の外の空中に外してやるのがテクニックなんだよと君が誇らしげに掲げるビニール袋の金魚と目が合ったのでじっと見つめてやるとそいつはぷかりと泡を吐いた金魚くん君も大変だね彼女に捕まるなんてそれにしても金魚となら簡単に目を合わせることができるのにななどと恥ずかしいことを考えつつ前だけ向いて参道進めばリンゴ飴ベビーカステラお面チョコバナナ射的綿菓子焼きそばラムネたこ焼きの合間に鮮やか浴衣姿が回遊し食べ物のにおい湿った土のにおい人のにおいに朦朧としてくるいつの間にか彼女の手が僕の手の中にあってどうしてか汗が止まらなくってそこでドンドンと太鼓の音が遠くから聞こえそれを合図に皆が一斉に駆け出す逃げ惑う喚き叫ぶところ僕一人ぼんやり歩いていたら目の前にするりと差し込まれる巨大な影に驚き慌て踵を返したところ足下から素早く取り上げられてじたばたもがく手足は空を切るばかり伸ばした僕の手が捕まえられたのは金魚の入ったビニール袋だけ中の金魚と目があうとそいつはぷかりと泡を吐いた

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『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』の練習問題②「一段落〜一ページ(三〇〇〜七〇〇文字)で、句読点のない語りを執筆すること(段落などほかの区切りも使用禁止)」への作品です。

 ル=グウィン先生の合評会の鉄の掟では作者は沈黙。言い訳はなし。

 なんだけれど一般論なら書いていいかな? これは合評会やるよりも前に考えたことのメモとして書いてるんですが、英語におけるピリオド、カンマ、セミコロンを封じられるのと、日本語において句読点を封じられるのでは難易度が質的に大きく異なると思ったんですよね。日本語は助詞の存在が強くて句読点が消えても文の構造に与えるインパクトは致命的ではない。この練習問題への答案も、「そもそも句点が最後まで存在せず、読点が省略されている長い一文」で構成すれば文法的困難を生じずに比較的簡単に書けるはず(ただし逆に日本語特有の問題として、読点を使えないことによるこの先生きのこるには問題・アフガン航空相撲問題に注意が必要)。そういう気持ちがあったので、自分の作品ではあえて(監視員席のル=グウィン先生が強制終了ボタンを押す)

 合評会では、序盤中盤終盤で「句読点なし」の使い方が変わっているというような分析や、祭という題材設定が句読点のなさにあっているといったコメントをいただき勉強になりました。

 また、他の方の作品についての議論の中で、「もしこの文章に通常の句読点を打ったら魅力が殺されるか否か」みたいな観点が出てきたのが印象に残りました。あと、実作品のなかで句読点なし表現をするか(したことがあるか)議論で自分はめちゃめちゃ使ってることに気づいてじわじわきました。

(追記)事後に句読点を付けてみるというのが楽しそうだったので自分もやってみた。

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