『文体の舵をとれ』練習問題(6)

【三人称/全体を現在時制】

 老婆はお守り代わりの銃床を撫で、闇に沈む相手を睨む。狩人の目だ、いまも変わらぬ、と闇から声。違うね、老いれば変わる、と彼女は答える。もう銃なんて使えない。出されたカードから指定枚数を選びデッキとする。節くれ立った、しかし震えのない手で四枚の手札を引き、瞑目する。

 湿った草の臭い。下草がまとわりつき、思うように走れない。二度目の幸運はないと知りながら暗闇へ発砲する。銃声が若き日の彼女と二頭の猟犬を冷静にさせる。彼女らが追うは、この湿林に君臨する鹿神。一度の幸運で半矢となったそれを追う。指笛が湿った空気を裂く。追え。地の果てまで追え、と彼女は命ずる。

『弓兵ハウンド』。3点のカード。ボウガンを咥えたブラッドハウンドのイラスト。老婆は伏せカードを攻撃する。闇から伸びた手がそれをめくる。『幻惑の断崖』。手は『弓兵ハウンド』を取り上げる。カードは見る間に燃え上がり、灰と消える。

 湿った土の臭い。手向けの気持ちで覗き込んだ奈落の底は闇。相棒を失い俄に落ち着きを失う猟犬の腹を強く抱いて宥める。鹿神は幻惑の罠を操る。崖に導くのだ。指笛で湿った空気を裂く。残された猟犬は身震いし、再び駆け出す。彼女もまた、濡れた地面を蹴る。

『直剣ハウンド』。4点のカード。大剣を咥えたスイスハウンドのイラスト。自らの剣に傷ついたのか、長い耳にも切れ込みが入っている。彼女の場に他にカードはなく、残すは手札一枚のみ。山は尽きている。ターンを渡せば敵の『幻視の籾』により彼女の命は尽きる。彼女は低い声で攻撃を宣言する。追え。地の果てまで追え。

 湿った血の臭い。手負いの鹿神の足音が今や彼女にも聞こえる。駆けながら銃を握る。瞬間、鼻の奥に迫ったのは甘い匂い。背筋を悪寒が走る。鋭い吠え声の後、猟犬が弾丸のようにこちらへ飛び出してくる。牙から涎を滴らせ、虚ろな目は彼女を狩るべき獲物と見定めている。幻影の鏡だ! 彼女は鹿神を憎む。憎悪しながら畏怖する。奪うだけに飽き足らず、奪わせようという! 嘲笑うように鹿神は佇んでいる。迫る猟犬を躱す間合いなどとうにない。最後の祈りを呟き、彼女は引き金を引く。

『幻影の鏡』で反射された攻撃を受ければ、老婆の負けだ。闇から伸びる手が『直剣ハウンド』を反転させ老婆へ向ける。浮かぶ目が問うように細められる。笑っているのだ。その最後の一枚、手札の『猟銃』を切らないのか、と。ランプの明かりが揺れ、大きな角の影が闇の中で閃く。目を開けた老婆はカードを切る。『幻影の鏡』。もう銃なんて使えない。老いれば変わるのさ。叩き付けられた切り札が轟音を立て、室内が投光器に切り裂かれる。

【一人称/〈今〉を過去時制、〈かつて〉を現在時制】

 私はお守り代わりの銃床を撫で、最後の引き金の感触を思った。闇に沈む相手がこちらを見て、狩人の目だ、今も変わらぬ、と言った。違うね、老いれば変わる、と私は答えた。実際変わった。この老いた身体では、もう銃は使えなかった。出されたカードからデッキを組み、手札を四枚引いた。目を閉じると、湿った下草が足に纏わりついて腹立たしくて狩りに二度目の幸運はないと知ってはいるがあの日の私は前方の闇に向け一発発砲すると猟犬の二頭がそれに応えて息を吐きその先に追う臭いはこの湿林に住まう鹿神すでに一度目の幸運で半矢の獲物それを地の果てまで追うぞと命ずる指笛。

 ――『弓兵ハウンド』。3点のカード。ボウガンを咥えたブラッドハウンドが描かれていた。伏せカードを闇から伸びた手がめくった。『幻惑の断崖』。手が『弓兵ハウンド』を取り上げるとカードは燃え上がり、灰と消えた。私は苛立ちを悟られぬよう目を閉じると、自分まで滑り落ちぬようそっと覗き込んだ奈落の底は闇に沈んでいて相棒を失った猟犬の片割れが俄に落ち着きを失っているのを抱き寄せて鹿神はかように幻惑を操り猟犬を崖に導くの指笛で湿った空気を裂くと猟犬は身震いして再び駆け出し私も蹴る濡れた地面。

 ――『直剣ハウンド』。4点のカード。大剣を咥えたスイスハウンドが描かれており、その長い耳まで切れ込みが入っていた。私の場に他にカードはなかった。手札も一枚だけ。山も尽きていた。ここでターンを渡せば『幻視の籾』にやられて私の負けだった。私はかつて奪われた我が子を思いながら攻撃を宣言した。地の果てまで追うのだと叫びながら目を閉じると、湿った血の臭いと手負いの鹿神の足音がいまや私にも感じられ駆けながら銃を握る手は火照りそのとき鼻の奥に張りつくは甘い匂い背筋を悪寒が駆け鋭い吠え声が響くと猟犬の片割れ弾丸のように飛来して牙からは涎を滴らせ目は虚ろ私を狩るべき獲物と見定めている幻影の鏡なんということあの鹿神この私の子を奪うだけでは飽き足らず私の手で奪わせようという! 闇の奥で嘲笑うよう鹿神は佇み私には迫る猟犬を躱す間合いなどとうになく祈りと共に引く最後の引き金。

 ――『幻影の鏡』。攻撃反射のカード。相手は『直剣ハウンド』を反転させその切っ先を私に向けていた。食らえばもちろん私の負けだった。闇に浮かぶ目が問うように細められた。それは嘲笑っていた。最後の一枚、手札の『猟銃』を切らないのか、と。ランプの明かりが揺れ、大きな角の影が闇の中で閃いた。私は手札を切った。『幻影の鏡』。銃は使わなかった。私は老い、変わった。叩き付けられた切り札が轟音をたて、室内が投光器に切り裂かれた。

 * * *

『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』の練習問題⑥(問題文が長いぞ!)

「今回は全体で一ページほどの長さにすること。短めにして、やりすぎないように。というのも、同じ物語を二回書いてもらう予定だからだ。

 テーマはこちら。ひとりの老女がせわしなく何かをしている――食器洗い、庭仕事・畑仕事、数学の博士論文の校正など、何でも好きなものでいい――そのさなか、若いころにあった出来事を思い出している。

 ふたつの時間を越えて〈場面挿入(インターカット)〉すること。〈今〉は彼女のいるところ、彼女のやっていること。〈かつて〉は、彼女が、若かったころに起こった何かの記憶。その語りは、〈今〉と〈かつて〉のあいだを行ったり来たりすることになる。

 この移動、つまり時間跳躍を少なくとも二回行うこと。

一作品目:

 人称――一人称(わたし)か三人称(彼女)のどちらかを選ぶこと。

 時制――全体を過去時制か現在時制のどちらかで語りきること。彼女の心のなかで起こる〈今〉と〈かつて〉の移動は、読者にも明確にすること。時制の併用で読者を混乱させてはいけないが、可能なら工夫してもよい。

二作品目:一作品目と同じ物語を執筆すること。

 人称――一作品目で用いなかった動詞の人称を使うこと。

 時制――①〈今〉を現在時制で、〈かつて〉を過去時制、②〈今〉を過去時制で、〈かつて〉を現在時制、のどちらかを選ぶこと。」

への回答です。

 リーダビリティ低いなと自分で思いましたが、まあ時間の切り替えの問題だから良いか、とか思って提出しちゃいました。でも問題文読み返すと混乱させてはいけないって書いてあるし、ダメか。回想の中の動きを激しくしようと思ったので狩りになっており、どうせなら回想と重ね合わせられることが現在行われていた方がいいと思って、なんかカードゲームしています。私が現在プレイしているゲームとは一切関係がありません。

 合評会では自分のも他の人も、時制の話よりは人称の話に着目した議論が多かったなと思いました。日本語の時制と英語の時制で感触が違うのも大きいかと思うし、難しいですね。人称については、次章の視点の方できちんとした区分けが来るので、その事前問題として良さそうですね。

タイトルとURLをコピーしました