今年読んで一番面白かった小説(長編小説)についてです。あくまで今年読んだ、であり、今年発行されたものではありません。
なお、2020年は高田大介『まほり』、2019年は高田大介『図書館の魔女』となっています。
去年、一昨年はこの時期に数作をノミネートしてNOTYを大晦日に発表してきましたので今年もそれで。しかし、今年を振り返るとなんかそもそも読んだ冊数が少ないしそのなかで長編はさらに少なく、ノミネート段階で悩む要素があまりなかったのがちょっと寂しかったです。残り年末までの期間は文フリで買った本の消化を予定していてそれらは概ね短篇集、ということでダークホースがかっさらっていくという展開もなさそうです。来年はもっと読むぞ。
ということでノミネート作は。
『わたしの名は赤』オルハン・パムク 宮下遼 訳
1591年のイスタンブールを舞台に、細密画師が殺された事件を巡る物語。歴史ミステリと紹介してあることがあるけど、自分としてはなんか違う気がする。少なくとも現代のエンタメ小説としてのミステリみたいなものではない。他の細密画師の三人のうちの誰かが犯人である、けどそれが誰かはわからない、という状態で物語が進行していくので、広義のミステリの要素はあるんでしょうけど、別にフーダニットが主題では全くない。ただ歴史とか雰囲気は濃密なものがあり、これに惚れ込んでイスタンブールに飛んでしまう人がいるというのはわかる気がする。
読むの重かった記憶がありますが、西洋と東洋(というか、キリスト教とイスラム教?)の相克から、挿話のボリューム、小説自体が細密画になる(!)構造、急に絵になったり語り手が死体になり犬になり金貨になり赤になり、と読者を振り回してくるので飽きさせない。ボリュームに見合うだけのスケールのエンターテイメントがある。ゆっくり味わって読むと良い作品。
《サザーン・リーチ》三部作 ジェフ・ヴァンダミア 酒井昭伸 訳
謎の領域〈エリアX〉に対し監視機構〈サザーン・リーチ〉から送り込まれた第12次調査隊。構成員は名前を名乗ることを禁止され、互いのことを心理学者、生物学者、人類学者、測量技師と呼ぶ。彼女らは〈エリアX〉侵入時のストレスを避けるため隊員は強力な催眠暗示を受けている。〈エリアX〉に遺された手つかずの大自然と奇妙な生物たち。そこで調査隊は資料に残されていない謎の構造物〈塔〉を発見する。というのが第一部『絶滅領域』の導入。
当時の感想で何が良いのか全然語りきれていないが、時間をおいたら語れるようになったかというと、うーん、あまりなっていない。上記のあらすじも全然紹介できている感じがない。読んでもらった方がいい小説。派手なアクションよりも不穏さ、奇妙さ、大自然の力強くて精密な描写、濃密な人間の感情とじっくりと侵蝕してくる狂気。『監視機構』でコントロールが意気揚々颯爽登場してボコボコにされてくところとか、『世界受容』でのゴーストバードとの関係性とか、今思い出してもすごく良い。
『蒼氓』 石川達三
『蒼氓』はもとは中編小説ですが、『南海航路』『声無き民』を加えた三部作の長編ということで。昭和初期、ブラジル移民が神戸移民収容所から出発するまでの八日間を描いた『蒼氓』、移民船の航海を描いた『南海航路』、ブラジルで彼らが働き始める『声無き民』の三部構成。
『蒼氓』のラストの強さとか、『南海航路』の広がりが好きですね。群像劇的な描かれ方のなかでやがて収斂していく感じ。作者の問題意識や信念がそこにずっしり練り込まれている。小水の小物感。
せっかくなのでノミネートまでは至らなかったけど面白かった長編と、レギュレーションから選考対象外だけど面白かった短編、小説以外の創作物についてもメモ。
- 長編
- 短編
- 小説以外の創作物
結果発表