【感想】『よだつ』ねじれ双角錐群

よだつ - ねじれ双角錐群 - BOOTH
すべての恐ろしいことどもは、ぼくらの頭の中に棲んでいる――身の毛もよだつ、異彩の《毛》ホラー短編アンソロジー! 文芸同人:ねじれ双角錐群により、文学フリマ東京37にて頒布。 B6版 148ページ。

 参加したアンソロジー。告知記事のときに若干コメントはしたけど、ちゃんと感想を書いておくことにします。上記ページで熱烈通販中!!!!!!!!!!

 核心的なネタバレは避けるものの、ある程度のネタバレがあります。

「えいべさん オーディオコメンタリ版」 cydonianbanana

 ホラー映画『えいべさん』のオーディオコメンタリ版という体裁で、映画のカットを説明するパートと、監督たちによる会話文が交互に続く。「えいべさん」とは、東北地方某所の猿の手を御神体とする厩猿信仰の名であり、映画はかつて行われた「えいべさん」に関する調査を題材にしている。

 そうそうそう、毛ホラーってそういうことだよね! というジャパニーズホラー調の作品。毛ホラーのレギュレーション適合度にしても、ホラーとしての怖さにしてもこの作品が一番だと思う。

 実際ホラー映画にオーディオコメンタリとかいう風習があるのかどうか知らんけれど、監督たちの内輪語りっぽさがいかにもなのが面白い。ホラー映画の作中作という素で怖いパート(「えいべさん」の正体の示唆の怖さとか、赤いコートの女の情報がなさすぎる怖さとか)と、オーディオコメンタリの会話という安全なゾーンが交互に出てきて、そのギャップが出る。そして途中からその均衡が崩れ、安全地帯だったはずのオーディオコメンタリ側に恐怖が浸蝕してくるという、定番ながら良い構成。

 ホラーを観測問題として定義して煙に巻くのが、単に作中の事実関係が矛盾していてよくわからないということを超えて、コメンタリ側への浸蝕のトリガーとしても機能しているらしいのがテクい。オチの部分の仕掛けもカメラが外側に出てきたような不思議な動きで良い。

「カルマ・アーマ」 小林貫

「ぼく」は大学のサークルでのバーベキュー中、先輩「マヨギさん」がこちらをちらちらと見ているのに気づく。マヨギさんは青白い肌、骨張った手足、他者を品定めするような細い目、そしてどうやら特殊な嗜好があるらしい。

 ヤバい女を書くのが上手すぎる。

 最初のシーンの「最近あごにできてしまったニキビをすりすりとなでて」という描写、作者は別にそれを狙っているわけではないと思うけど、芥川の「羅生門」でもそんなシーンあったよなと思い出した。あれは主人公の下人の青少年らしい鬱屈の表現であった(と自分は思ってるんだけど)のをこの作品も踏襲しているかのようで、そう思わせておいてニキビは後半でも大活躍するのはなんだか面白い。

 居酒屋のシーン、マヨギさんの異常レベルがかなり上がってきて、こいつヤバすぎるだろと思わせてからの、「あふれる涙をぼくは必死にこらえている」に至って主人公も相当もうおかしくなっていて、このあたりの展開にスピード感があってすごかった。終盤はこれここまでの流れが相当ヤバくて気持ち悪く怖いけど、それでこの後どうするんだと思ったところから一転して決めてくるツイストがめちゃくちゃ笑ってしまった。すごすぎる。

「取材と収穫」 笹幡みなみ

「恢覆」 国戸醤油市民

 事故で植物状態となったが感覚はあるという主人公が、自分自身のクローン受精卵と自分を接続して損傷部位を再生させるという新しい治療法の被験者となる。

 いやグランド・キャニオンでチキンレースの話を聞かせてくれよ!!!そっちも気になるよ!!!という冒頭からの掴みが良すぎて一瞬で好きになってしまった。なんだかとぼけた独特の文体で、どうも楽観的というかメンタルがタフすぎる主人公のせいで一瞬そうとは感じられないのだが、植物状態になっているが周りの音とかが全部聞こえていて意識がある状態というのは相当に怖い。そういう系統のホラーなのかな、と思ったら、しかしその後の展開はモンスターパニック系のホラー。それで周りをめちゃくちゃにして、しかし結末はまた違った意味での怖さが出てくる締め方でよかった。読み終えた方はぜひ注意深くもう一度読み直した上で紹介文を確認してほしい。この紹介文めっちゃ好き。あと喘ぎ声聞かされるシーンのディテールなんなんだよ。

「毛想症」 Garanhead

 髪に執着し殺人を繰り返してきた主人公が、あるとき赤口桐枝という女と出会う。赤口は主人公の嗜好に理解を示し、主人公をけしかける。

 ん、これ好きポイントの説明は核心的なネタバレになりそうだから書けないな。赤口のキャラクター、このコンセプト全体が好きですね。これはサイコホラー系で、主人公は異常者なんだけど、多分そこまで狂ってはいないと思うんですよね。結構冷静に自分のやっていることを見ているし、知能犯の面も強い(訓練してるのとかすごいだろ)。だけど……最終的には狂いに飲まれてしまうというか、闇に食われてしまう。そしてそれを活かしたオチのホラー感も良くて好き。

 途中でVRがギミック的に使われるのもなかなか面白い試みだった。VRChatで知らん人に触られるの怖くなる。

「きざし」 鴻上怜

 半年ほど無職で職を探している中年男性が主人公。妻から最近、風呂の排水溝によく毛が詰まっていると遠慮気味に指摘される。

 ハゲつつあるという恐怖に立ち向かう、と言うがそれは違う種類の恐怖で、多分狭義のホラーではないのだが、でもすごく良い小説だ。まるで若ハゲ博士だね、の下り好き。二人の生活感の描写が小気味よいリズムのある文体と相まってすっと入ってくる。抜け毛と対峙するシーン、なんか大切なことをやっていそうでいながらサクサクとコミカルに描写されていて楽しい。最後のシーンの結びも、なんか良いことを言っているようにも、ちょっと酔ってるだけのようにも思われて、説明が難しいんだけどふわっとする読み味で好き。

 よく小説には変化が必要なんて言うけど、変化のきざしでもいいんだ。

「新田くんのこと」 石井僚一

「新田くん」が新社会人の初出勤の日、鏡の前で髪の毛をセットしている、という状況を描写し説明していくのだが、連想と妄想が止まらなくなってしまう。

 鏡の前で髪の毛をセットしている新田くんと、新田くんに関する情報が交互に延々と語られるが、その情報はどうにも相互に噛み合わず、何かがおかしいのだが決定的には何がおかしいのかわからない、そのうちに最初は神経質で小心者のイメージだった新田くんの実像はどうにもエスカレートしていき、じわじわと衝撃的な結末に近づいていく。

 この語り手の信頼できなさ、ていうかそもそも誰なんだよこの語り手は、というあたり、考えてみると怖くて、こういうパターンのホラーもあるんだ、という感想で、想定外のモノを読まされたことに興奮してしまってとてもよかった。自分がホラーを狭く考えすぎだったのかもしれないが、このアンソロジー一冊で随分ホラーって広いなと思わされた。

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