【感想】『Rikka Zine Vol.1 Shipping』 橋本輝幸・編 2/2

 続きです。以下は前半へのリンク。

↑前半

 ところで、本書の日本語・紙版の初版は完売したとのことです! おめでとうございます! 電子版もデータは完成したとのことで、各プラットフォームでの手続き後に配信が開始されるとのことです! されたらここにKindle版のリンクを付けます。配信開始してます!(下記)

Amazon.co.jp: Rikka Zine Vol.1 Shipping eBook : 橋本 輝幸: Kindleストア

 電子書籍版は、上記Kindle版のほか、各電子書籍プラットフォームに順次配信中とのこと。

ソハム・グハ「波の上の人生」(暴力と破滅の運び手・橋本輝幸 共訳)

 彗星災害により海面が大きく上昇し、人類は洋上に浮かぶ人工都市に僅かに残っているという世界の二人の話。宇宙SFから始まり、ドラマティックに展開し、ロマンス、そして悲劇へと展開していく。それぞれに異なる魅力がある。権威主義的な社会からの圧力、宗教や階級の断絶、その中で一層困難を抱える人々の話であり、何重にも切実な息苦しさが感じられる。その苦しさや悲しさの中で、最後のシーンの景色の美しさが良かった。

 作品とは別に、この共訳過程(ベンガル語版も反映!)は非常に興味深いですよね。訳注によって日本の読者には理解しづらい民族・宗教の背景がある程度読み取れるようになっているのは素晴らしいと思います。

灰都とおり「エリュシオン帰郷譚」

 海へ漕ぎ出す女子二人。一人が配信者(冥海帝国の皇女設定)で、海へ還るのだという。と、続けて始まる断章は文体が一変し、どうやら全く違う時代と状況の話であるらしい……という、とても興味をそそられる始まり方をする作品。そこから展開する物語の不思議な質感はファンタジーやSF、宗教・神話を軽やかに横断していって、重層をもった結末の優しさには完全にやられてしまいました。非常に丁寧で、完成度が高いと思います。

 皇女さま好き。個人的に本書後半のイチオシ作品です。

ヴィトーリア・ヴォズニアク 「残された者のために」(橋本輝幸 訳)

 人類規模のミッションのために引き裂かれる恋人たち、という状況は「波の上の人生」と共通するところがある物語ですが、作者が表現したいものは少し別のところにあるのだと思います。地球環境の持続可能性や、人類のエネルギー問題を解決するミッションなどよりも、重要なのはこの私があなたに会いたいことだという切実な叫びが描かれている。

 同時に、レタスはまだサラダ用に人気、だとか、公害対策ドローンがうるさいがBGMをつける金がない、とか、悲しい話の中にもユーモラスな一節が入ってくるところも自分は好きでした。

笹帽子「幸福は三夜おくれて」

 拙作。以下に嬉しい感想をいただきましたので引用させていただきます。「配置の妙」、本当にそうだと思っていて、ここに配置していただいたのを私も嬉しく思っています。

日本橋和徳「昇天する超巨大宇宙貨物船 論考アレステア・レナルズ」

 アレステア・レナルズの作品で自分が読んだことがあるのは「ジーマ・ブルー」と”Polished Performance”(「人形芝居」)の二作だけなのですが、この論考を読んでその作品の位置づけがなんとなく理解できたというか、トランス・ヒューマニズムの補助線が引かれたようでなんだか気持ちが良かった。他の作品も読んでみたい。

ロドリーゴ・オルティズ・ヴィニョロ「宛先不明の人々」(白川眞 訳)

 宇宙港の大渋滞の原因になっているのは宛先不明の貨物船で、それが積載しているのは人間だという。時折混じる皮肉や、ユーモラスな宇宙人の姿が面白い。ただ、全体的には、いま現在の私たちの世界のことを考えると非常に暗澹とした気持ちにさせられる内容です。最後のミッシーの言葉は衝撃的で、どうか少しでもこの人々に明るい未来があって欲しいと思わされる。

ファン・モガ「スウィート、ソルティ」(廣岡孝弥 訳)

 難民となり、船の上で生まれた「スウィート」の人生の話。「宛先不明の人々」から難民の話が続き、やはり悲しい話です。ただ、このやりきれなさの中に通底して流れる歌が、最後に新たな意味を見いだされるように読めて、そこに私はわずかな希望も感じました。終盤のSF的ツイストには、運命の力強さみたいなものも感じます。

 作品の本筋からずれるかもしれませんが、個人的に驚いたのは横浜の使い方です。冒頭で横浜という実在する地名が使われますが、その後の物語の展開では(モデルを想像させるとはいえ)架空の地名が続きます。これが横浜という場所の不思議な特別さを演出していて、こういう書き方もあるんだと思いました。

ジウ・ユカリ・ムラカミ「海が私に手放させたもの」(橋本輝幸 訳)

 戦後ブラジル移民の話。横浜港を出発しブラジルヘ向かう義理の兄弟の歴史ファンタジー。自分はちょうど昨年、戦前ブラジル移民を書いた石川達三『蒼氓』を読んだり、戦後日本の海外移住推進について調べたりしたことがあったため、この小説の題材には非常に関心を持って読みました。ただし、本作は歴史ファンタジーであり、主眼はこの幻想的な結末にあるのだと思います。悲しみと愛情の同居するラストシーンが印象的でした。

さんかく「新しい星の新しい人々の」

「海が私に手放させたもの」から移民のはなしが続きますが、恒星間移民船というよりSFの大きなスケールの話です。恒星間移民船で、少女には見えているあるものの話。時間的スケールの大きさがうまく使われている。人々の認識によって存在する人々よりも強く理不尽なもの、というこの概念がとても好きで、それがこの長時間と長距離の舞台で静かに描かれているのが自分にはものすごく魅力でした。最後の一文のかっこよさは打ち抜かれてしまいますね。

もといもと「胡瓜より速く、茄子よりやおらに」

 タイトルの通り(?)お盆の話。エンディングを飾るのに相応しい軽やかな掌編。短い話のなかにしっかりとSFがありファンタジーがあり、心が軽くなる技巧が凝らされています。この「かもしれない」的なファンタジー想像力、とても好きです。

 最終章Immigration to New Worldsにはどちらかというと暗い要素を持つ物語、shippingは船、が続いたところで、本作はまた新しい角度のshippingであるし、Immigration to New Worldsにも違いないという、これも構成の素晴らしさですね。

タイトルとURLをコピーしました