【感想】『BABELZINE Vol.3』週末翻訳クラブ・バベルうお 編

翻訳小説同人誌『BABELZINE』 Vol.3 - 週末翻訳クラブ バベルうお - BOOTH
『BABELZINE』 Vol.3 翻訳小説同人誌『BABELZINE』Vol.3をお届けいたします。 今いちばんおもしろい海外文学を、もっと身近に。 Vol.3はバラエティ豊かな未邦訳翻訳小説全9編を収録しています。 A5・240ページ

 翻訳小説同人誌。私は上記のBOOTHで買いました。半年前に……。

 半年積んでいた癖に言うのもというところですが、全部面白かったです。すごい一冊。オススメです。中でも特に良かった作品について。

マリア・ハスキンズ「天に輝くいちばんの光」(白川眞訳)

 主人公は親友と二人の世界に籠もっていた冴えない少女。親友の引っ越し前夜に二人で行った黒魔術のゲームが、彼女のその後の人生全てを変えていく。

 幼い頃に信じていた魔法の力が大人になった今では……とかそういうのではなくて、黒魔術がずっと生きている、大人になった今でもずっとつきまとっている(というか、大人になってない!)、むしろそれが生きる意味になっている(!)、という状態でラストまで走りきる。うおおおそっち行くんだ!!となってしまった。怪作。

キャロリン・アイヴス・ギルマン「帰郷」(藤川新京訳)

 博物館に収蔵され惑星全体から愛されている肖像画「アルドリイ」を製作した民族アトーカは、既に滅びたと考えられていた。しかし学芸員である主人公の元にアトーカの末裔が現れ、アルドリイの返還を要望する。アトーカの伝統に従い、肖像画を破壊するために。

 この現代においても解決策が見いだされていない文化財返還問題を宇宙のスケールで描いている。分子レベルでの複製提案などさらりと超SF技術が出てきたりするところも面白いが、異なる価値観の対立をギリギリと厳しく書いている。対立しながらも互いを認め合える関係、しかしわかり合えたわけではない、という複雑な決着が重い。

レベッカ・キャンベル「大いなる過ち」(藤川新京訳)

 気候変動によりじわじわと状況が悪くなり続けている世界。楽器職人の弟子である主人公は才能ある少女のため、なんとしても最高のバイオリンを作ろうと決める。しかし理想的な音響材になる木はこの世に既に存在しなかった。大気中の二酸化炭素濃度が木の比重を変えるためだ。

 原語で既読。既読とはいえ英語が難しくて細かいところが読み切れなかった記憶があるところ、丁寧に書かれたディテールまで楽しむことができて良かった。やはり終盤の演奏シーンは泣けるし、世界の状況の悪さと楽器の一生のスケールの長さを感じさせてくるのがすごい。

アレクサンダー・ワインスタイン「マイグレイション」(白川眞訳)

 VR技術が発展した近未来のアメリカで、街は荒廃し、人々は基本的に家から出ることなく生活している。VR空間で教師をしている主人公は、息子がオンラインでドラッグを使っているのではないかと疑うようになり、息子との関係に思い悩む。

 テクノロジーの移り変わりが激しいことにより、それがそのまま世代の感覚、常識の断絶に繋がるというのは実感としてあるところ(まあ、昔からそうだったのかもしれないけどね)、一歩先の未来においてそれがどうなっているか、というのを、主人公と妻と息子の三人の違いでうまく出していて、いやなリアリティがあって引き込まれてしまう。親子関係がなのかこの世界がなのかわからないがともかくどこか終わっている感じがあるのに、ラストはなんか美しく〆てきたのが面白かった。

イザベル・J・キム「クリストファー・ミルズの差戻し」(白川眞訳)

 悪魔となって無限に続くショッピングモールの地獄で時を過ごしていたクリスが、妹の降霊術によってこの世に蘇らせられる。妹は、死者による証言が州で合法化されたのだといい、クリスが殺された事件について証言するように言う。しかしクリスはもう死んでいて、自分の事件の真相を明らかにする意欲などまるで湧いてこないのだった。

 無茶な設定に若干のミステリ的な味。設定のエスカレーションも好き。しかし一番に好きだったのは、死んでしまうともう激しい感情は起こらない、というあたりの静かな絶望感の書き方。とても良かった。

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