【感想】『異常論文』 樋口恭介・編

 面白かった作品の感想。

「掃除と掃除用具の人類史」松崎有理

 掃除と掃除用具というアイデアから話を大きく広げて、読みやすい語り口、時々入るニヤリとさせられる小ネタ(「蛍の光、窓の雪、ホーキング放射」が一番好き)、あと使いどころが上手い図表で表現していくのが良かった。明らかにこのテイストを書き慣れている感じも安心できて良い。掃除ロボットに話が至るところで、あ、人類の歴史を辿ってきたこのネタがここ(掃除ロボットが一般的になりつつあるという現代の感覚)に接続されるんだ、という面白さがあり、さらにそこから遠くへ進んでいくのが良かった。

「裏アカシック・レコード」柞刈湯葉

 これは純粋にこの架空装置が面白い、知的好奇心を刺激してくれる良いSFだった。「裏」の名づけが上手い。ドミニカ忍者文の下りであったり、否定文の収録順序問題であったり、ワクワクさせられる考察が続いていくのが楽しい。このジャンルにおける正統的に面白い小説だと思った。

「樋口一葉の多声的エクリチュール――その方法と起源」倉数茂

 タイトルそのものだけど、樋口一葉の多声的エクリチュールに関する論説パートが普通に面白いという……普通に(?)面白い作品。解説文によると論説パートにはあまりトンチキ要素はないっぽく、つまり普通に面白い論なのでは?

「四海文書注解抄」酉島伝法

 注で遊んでいる作品は本書に他にもいくつかあったと思うけれど、正直効果よりも読みにくさが出てしまうデメリットがある。でもこの作品は図抜けていて、ゲームブックみたいに張り巡らされた注の相互関係、注に付けられた注、謎に次ぐ謎の密度と牽引力が凄まじく、意味不明さやボリュームが苦にならず読まされてしまった。注25の西田の子供の頃からの引用癖のエピソードの不気味さが好き。

「解説――最後のレナディアン語通訳」伴名練

 本書収録作の中で一番面白かった。架空言語作品の集まった架空アンソロジーの解説ということで伴名練の得意領域というか実績を活かしたメタをやるのかと最初思ってたら、そういう線を軽々と超え、解説を通して物語を書くのをちゃんとやっていて、うおおおおっと言いながら読んでしまった。架空言語のおぞましい仕掛けが明らかになるところはまんまと戦慄させられ、けれどそれでも少しの希望のあるラストを用意してくれるのは本当に嬉しく、改めて好きな作風だなと思った(最終的には明るい話の方が好き)。また、作中で実在の先行SF作品を引用しての批判・断罪が展開されるところも丁寧さ、誠実さを感じた。まあ、怖いが……。

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