【感想】”Where Oaken Hearts Do Gather” by Sarah Pinsker

↑これをやりました

 短篇企鵝さんがすごいので、リスペクト(パクリ)です。

 物語詩の謎めいた歌詞について歌詞解釈Webフォーラム(?)上のコメントのやりとりを通じて語るという特殊形式の短編。こういう特殊な形式の語りや、フォークロア、ネットロア系が好きな人にオススメ。

 ネビュラ、ローカス、ヒューゴー受賞で話題になっている&フォーマットにおける面白さがあって自分は好き&フォークロアもネットロアも好きなので好き、でも日本語の情報が検索してもあまり出てこなかったので、メモを公開します。

書誌など

 初出はUncanny Magazine(←掲載ページ)。

 受賞に、Nebula Award for Best Short Story of 2021Locus Award for Best Short Story 2022Hugo Award for Best Short Story 2022など。

内容

  • ネタバレが含まれる
  • 私の英語力の問題で間違っているところがあれば、指摘いただけたら嬉しいです。また、こいつ読み解けてなさそうだなと思ったらそれも教えて下さい!

形式

  • “Where Oaken Hearts Do Gather”という物語詩(という言葉は使い慣れないけれど、「民謡」だとポイントがずれる気もするので本稿ではこうします。traditional English folk ballad)について、インターネット上のフォーラムのようなところで複数のコントリビューターがコメントしあっている、そのやりとりがそのままWebページを模した形で記載されている。
    • Lyricsplainerというサイト名らしい。歌詞を共有して解釈をコメントできるようなWebサービスなのだろうか。
    • メインの部分は歌詞を本文としそれに注を付けるような形でコメントのやりとりが展開されている。コメントにはタイムスタンプの記載がないので、歌詞の別のブロックにあるコメントはどういう時系列で書き込まれたのか定かではない。実際、序盤・中盤の一部のコメントは、終盤のコメントの一年以上後や二年以上後になって書かれたことが示唆されている。
    • コメントだけでなく、参加者たちのリアクションも記載されており、「** marked this as cool stuff」とか「** marked this as a stretch」(こじつけの解釈だという指摘?)とかも出てくる。
  • 記事の序盤に含まれる”Where Oaken Hearts Do Gather”の音源リスト中、一つだけが実際にハイパーリンクになっており、Youtube上でサラ・ピンスカー自らが歌う音源に飛ぶことができる
    • この音源を聞かなくても作品鑑賞に支障はない(たぶん)ものの、怪しい雰囲気の醸成に寄与しており、ある意味でこの作品を文字表現に留まらない、書籍収録不可能な作品に仕上げている。
    • さらにこのYoutube動画のコメント欄では、作中設定を踏まえたなりきりコメントに対して動画投稿者(ハンドルネームだが、バンド名なのでピンスカー本人か)が返答していたりして面白い。
    • でもこの記事を書いている時点で動画の再生回数が3000回とかなんですよね。SFファンって世界に3000人なのか?

あらすじ

ここからは本格的にネタバレです

  • Webフォーラムのコメントのやりとりを読み進むことで物語が浮かび上がるという趣向であるので、直接的な物語の筋はないが、おおよそ以下のようなことが読み取れる。
  • このWebフォーラムでは、物語詩”Where Oaken Hearts Do Gather”の歌詞の解釈について議論がなされている。この詩は、女が恋人の男の心臓を取り出して代わりにドングリを詰めた、村人たちはその男の首を吊った、さらに以降村人たちは森のカシ(Oak)の木を刈ってしまうようになった、といった謎めいた内容である。
  • フォーラムの参加者であるHenryMartynは、かつてこの詩について研究していたが失踪してしまったDr. Mark Rydellの研究を追い、彼のドキュメンタリーを制作していた。HenryMartynはこの詩の元になった事件の伝承が残るイングランドの村、Gallを訪れ、現地の郷土史家Jenny Kirkの協力を得て調査を進めていく。彼のフォーラムの書き込みは、いよいよ彼のドキュメンタリーが完成間近だというところで、Jennyに詩で言及されていると思われる木を見せてもらえることになったので今夜森にいく、という喜びのコメントで途絶え、既に二年以上彼からの書き込みはない。

歌の内容

  • イングランドの物語詩であり、出典不明である。様々なバリエーションが知られている。
  • 四行連からなり、もとは20節とされていたが、21節目があるとき加わっている。フォーラム参加者のBonnieLass67は、この追加された節(歌詞の中の順序としては12節目)は後から加わった異説であるからして削除するか末尾に別記するよう管理者に連絡したが、対応してくれないことを愚痴っている。
  • Rhiannononymousによれば、押韻は18節目に一箇所しかない。またその押韻も、BonnieLass67によれば後から改変されたものである可能性がある。
  • すべての四行連の四行目はWhere oaken hearts do gatherを繰り返している。
  • ざっくり辿ると、以下のような内容である。
  1. 冷たい風の吹く秋、赤い葉が枝から落ち、美しいエレンという女が恋人に会いに行った
  2. 肉屋の息子を襲った(robbed)ウィリアムは、エレンを橋の下に呼び出した
  3. エレンの二人の姉妹が彼女を止める、月夜に橋の下で男に会ってはならない
  4. しかしエレンは心を決め、ウィリアムに会いに行く
  5. 秋に赤く染まったブランケットの上、エレンは恋人に走り寄る
  6. 月の元、ウィリアムに会うエレン。エレンがウィリアムに口づけ、彼の心を盗む/心臓を取り出す(stole his heart)
  7. エレンはウィリアムに対し、ウィリアムがいかに特別で他と違っているかを示して、彼の真の愛を示すように乞う
  8. エレンは脈打つ彼の心臓を古木の中に据える
  9. エレンはウィリアムの胸に小枝と葉で巣を作り、ドングリを入れ、育つようクッションを作ってやる
  10. エレンはウィリアムに口づけて立ち去る
  11. ウィリアムは村に歩いて帰る
  12. ウィリアムが叫んで村人を起こす。「おれの命と声を奪ったあのひどい(wicked)女を探してくれ!」(オリジナルにはなく、後に追加されたとされる節)
  13. 村に帰り着いたウィリアムは何が起きたか説明することが出来ない
  14. 村人たちは彼を哀れむように見て、心音を聞き、絞首台に吊した
  15. 森の中でエレンは涙を流す、ほんとうに愛していた彼のために。そして彼女のやりかたで彼を取り戻そうとする
  16. エレンの姉妹たちが彼女を止める、月夜に橋の下で男に会ってはならない(3のリフレイン)
  17. 村人は松明を手に、森の危険を取り除きに行く。処刑した男に復讐するために(?)
  18. だが橋の下にも、土手の下にも、何も見つけることはできなかった
  19. 冬が過ぎ、春がやってきた。ウィリアムの墓から芽が出てきた
  20. 春が来る度、村人たちは松明と斧を携え森へ入り、全ての芽を刈ってしまう
  21. また冷たい風が吹き、赤い葉が枝から落ち、エレンは次の愛を見つける(1のリフレイン)

登場人物

フォーラム上に書き込みをしている人物(書き込みの初出順)

  • BonnieLass67
    • この詩のバリエーションに詳しいようで、異なるバージョンではこう、という情報を度々コメントに書き込んでいる。
    • HenryMartynの持ち込んだRydellの研究結果の情報や、彼が現地を訪れて書き込んでくる情報に特に関心を示している。
  • HolyGreil
    • 音楽的な知識が豊富なのか、他の物語詩との比較や、音源によるアレンジの差異などに言及している。
    • 書き込みが途絶えてしまったHenryMartynのことを繰り返し心配するコメントをしている。
    • 歌の繰り返し構造を指摘している。
  • Dynamum
    • 思いつきの解釈を提案したり、冗談を言ったり等軽いノリの書き込みが多い。
    • 度重なるBarrowBoyからのstretchにキレて喧嘩になるが、そのときにはBarrowBoyが別にこの歌は好きじゃないとか言い始めるのに対して、Dynamumはド正論をかました上ほかのメンバーのことをちゃんと気にかけているのがうかがえるコメントをしている。
    • HenryMartynの身を案じる話題が出たときには意外なネトストスキルを発揮して彼の所属や本名を特定した。
  • BarrowBoy
    • 冗談半分のコメントを片っ端から否定したり、marked a stretchをつけたりする。
    • というかmarked a stretchをつけているのはほとんどBarrowBoyかBonnieLass67の二人なのだが、特にBarrowBoyの度重なるstretchにはDynamumがキレたり、RhiannononymousがDynamumを庇ったりしていて、彼の行動は他メンバーからうっすらと嫌われている様子が出ている。
  • HenryMartyn
    • Mark Rydellの研究結果を追いかけ、彼のドキュメンタリーを制作しているという。
    • Rydellの研究結果に関する長文を投稿する。
    • 書き込みの途中から、実際にGall村を訪れ、村の様子や現地の郷土史研究者Jenny Kirkから得られた情報を書き込む。彼によれば、実際にGall村には歌詞に描写される橋があったり、村人は1970年頃までは歌詞の通りに毎年カシの木を刈って燃やしていたらしい。そのために村の周囲の森のカシの木はみな若い。
    • Dynamumから、かつての風習を逃れて残っている老木はないのかJennyに聞いてみたらどうか、と提案された次の書き込みで、彼はJennyに心当たりがあり木を見せてもらえることになったので今夜森に入ることと、ドキュメンタリーがもうすぐ完成することを書き込む。
    • その後、二年以上書き込みが途絶えている。
    • 書き込みが途絶えた後に身を案じたDynamumが調べたところ、Mark Rydellの元職場であるペンシルバニア大の学生だったらしいことがわかる。
  • HangThaDJ
    • HN、ブラックミラーネタ?
    • 謎のドングリ知識とかを披露している。fun factがお好きな様子。
  • Rhiannononymous
    • HN、匿名サイ?
    • 伏線とか構造っぽい話、意外性に関する考察をしている。語り方の効果や語り手の存在を意識していたりと、物語をメタに捉えている感じがある。単語選びや時制が生み出すニュアンスなど、言語学的・文法的な面にも注目している。詩の押韻についても言及している。

フォーラムの参加者ではないが重要な人物

  • Mark Rydell
    • ペンシルバニア大の教授。
    • “Where Oaken Hearts Do Gather”について研究していて、2002年に論文を出している。
    • まず、詩におけるカシの葉の紅葉の描写から舞台となった場所が特定できるとの説を研究していたが場所の特定には至らなかった。
    • そのあと、第2節のrobbed butcherが元はRobert Butcherという人名を指していたという線からの調査で、”Where Oaken Hearts Do Gather”に書かれている事件の舞台がGall村であることを特定した。
    • 実際にイングランドへ行き、ロンドンに到着、Gall村を訪れるとブログに書いたきり、失踪した。
    • 彼のブログは大分昔に閉鎖されているがwayback machineで読めるとHenryMartynが言っている。
  • Jenny Kirk
    • Gall村のtown historian。
    • 小さな博物館をやっているらしく、そこにはRobert Butcherの記録も残されていた。
    • Mark Rydellが村を訪れたかどうかはわからない、そのころ自分は小さな子供で、博物館のvisitor logも残っていないと言っている(=つまり、若い女性であることが示唆されているが……)。
    • HenryMartynに協力するが……。
    • 姉妹がいる。
    • Jennyという名前は、第1節でBonnieLass67が列挙しているEllenの別名の中に含まれている。

感想

 インターネット上のやりとりという形式の小説、民謡の元になった事件の謎を巡る小説、そういった村の謎を探りに行くという話、といった要素ひとつひとつが特別に新しいと言うことはないけれど、それぞれの作り込みや組み合わせ方が生んでいる効果が上手く出ている良い作品だと思った。

 たとえば歌詞はかなり作り込まれている。多数のバリエーションがあるというようなディテールはワクワクして良いし、それが村の特定の手がかりになっている(robbed→Robert)など、物語上もキーとしてはたらいているのもすごい。

 また、このフォーラム参加者にその詩のバリエーション指摘の有識者みたいなのがいたりとか、テキストの書き込みからキャラクター達の性格が見えてくる趣向も面白い。特にDynamumは適当キャラの印象だったのがBarrowBoyとのレスバトルを通して一気に良い奴に見えてくるのがめちゃめちゃ面白かった。

 音源動画まで用意してくるところはこの音源って裏で秘密のセリフ喋ってるんじゃないかとか逆再生したらなんか言ってないかとかも気になる(さすがにそこまではないか……?)。しかし何回も聞くとかなり耳につく。こわい。

 歌詞の節ごとにコメントが書き込まれていて、さらにそのコメントが時系列に並んでいるわけではないというのも面白い。一読目だとまず話の流れが追いきれなくて(最初は英語が難しいのかと思ったけどよくよく読んだら英語は難しくなくて、書いてある順番が難しいのだった)、歌詞を通読して流れを掴み、そのあとコメントを行ったり来たりして読んでいくような読み方が生じる。小説の語りの単線性から逃れていると思う。そうして色々手がかりを組み合わせて起きたことの時系列を把握し、話としての全体像が見えてきて、そこでなお、過去の事件のこともよくわからないし、RydellやHenryMartynがどうなったのか、Jennyが何者なのかもわからない。この謎を解かせてわかった感じを与えておきながら謎が残って考察したくなってしまう案配も絶妙。フォークロアもネットロアも大好きなのでかなり刺さった。

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