「水槽のなかの虎」栗山陸
帰省した主人公の虎は、弟の友人の赤い竜の仔と再会し、心を乱される。
ケモのことはよくわかっていないなりに、ケモのアンソロジーなんですと言われてなんとなく想像する方向性の話、ではあるけど、竜が出てくるのはちょっとひねってるということになるのだろうか(ケモの基本的な分類学がわかっていない)(まあでも虎には竜か)。これが冒頭作に構えるのすごく良いですね。おうやってるねえ!と思った。
「無課金マズルにKissをして」兼町ワニ太
動物のスキンが付与されるメタバース上でマッチングした狼が、研究室の先輩だと気づいた。
タイトルめちゃかわいくていい。その下敷きキスのかわいらしい感じがしっかりオチまで効いてくるのが楽しかった。狼だったのが最後は羊でそこで反転してっていうのもベタなんだけど、中の人である先輩のキャラクター、主人公がそこに向けている視線を踏まえるとバッチリ嵌まる説得力があって良かった。
「薄明の森へおいで」淡中圏
神が棲まうという夜の森に迷い込んでしまった兄妹と、飲み会後に酩酊してどことも知らぬ料理屋に入った二人。
前二作から打って変わって怪異譚みたいな話。二つの話がぐちゃっと混ざっていくあたりが怖くてよかった。そこが再度分離して、一番最後にもう一度繋がる(?)しっかりした構成。
「雪どけのはじまり」橋本輝幸
若い成獣が冬眠の間に見る夢〈驚異の冬の園〉では、全員がヒトハダカザルの姿になって学園生活を送る。クマである「私」は学園で知り合った「アザヤカ」も同じ種族なのではないかと密かに期待する。
設定の使い方と主人公のおかれた状況のセットアップがすごく上手いと思った。焼き鮭定食とハチミツ入りヨーグルトで「やはり……」ってなってるのかわいくて好き。「髪繰り」あうみたいな用語の詰めもすごい。
「月のこどもたち」暴力と破滅の運び手
市職員として人狼や吸血鬼といった幻想種の支援センターに勤める「私」は、そこで知り合った人狼のハチと付き合い始め、同居するようになったが、最近ハチの変化に悩んでいた。
人狼の人狼としての本能、野生、攻撃性に対する葛藤みたいな定番題材、それが定番たりうるに相応しいだけの色あせない魅力があり自分は好きなのですが、本作はそこに福祉、行政、政治の話も絡んでいてさらに面白い味が出ていると思う。幻想種に対する支援はできても同性婚は制度化されていないという設定であったり、そもそも人狼といっても人間の前に姿を現しているのは〈月の仔〉だけであったり。そういう色々な限界や途上さにも目を向けつつも、前を向く結びで良かった。
「熊と魔法の王国」千葉集
ウォルト・ディズニーは人でありながらクマでもあり、そのいずれでもない「けものこ(マンカブ)」であって、その腹の中に王国を抱えていた。
本書の収録作で一番好き。知らないのですが、エピグラフを読むにウォルト・ディズニーとして逸話に機嫌が悪いときの彼について「クマの毛皮を被っている」という符帳じみた言い回しがあって、そこからの着想で彼が本当に怒るとクマの姿を現すという設定になっている、ということでいいのか。それ以外の内容は概ね史実、であるかのようなそれっぽさで書かれているが、果たして(大法螺を吹かれている様な気もするが、それに乗せられる楽しさがある)。時系列をシャッフルし、兄弟の絆と「王国」への情念が収束していく。千葉集さんの兄弟モノいつも良い。
「ニューサウスウェールズの怒れるネズミ」稲田一声
俳優を目指すが上手くいかない主人公はあるとき人間の言葉をしゃべるネズミと知り合い、一人と一匹、動画投稿者として成功し始める。
くじけそうになっていた人間が喋る動物と出会ってバディを組んで夢を追いかけ始める王道の状況に、YouTubeやTikTokの現代的ディテールであったり、声の周波数と心拍と寿命のアクロバティック理論が入ってきたりと、自由な組み合わせの作風が楽しい。ラストシーンは往年の配信者ユニットの絆のエモさ(?)があって良かった。
「けもののはなし」春眠蛙
異類婚姻譚と獣姦に関する論考、エッセイのような冒頭から、市民大学ゼミで披露されたけものに関する話の枠物語が展開される。
後半の収集された話がどれもすごく良い。どれも絶妙な怪しさがあって、説明がつききらない未成感(最後のやつなんて本当に途中で強制終了してしまうし)もあり、なんだか実話怪談的だ。特にカワウソの話でそれを感じたし、何で睨まれてるのか結局わからないけど一瞬わかるような気もしなくもないこの感じがとても良い。