【感想】『不夜島(ナイトランド)』荻堂顕

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 マジの、本当に、めちゃくちゃ、面白い小説です。絶対に読んでください。読書会がしたいです。

 架空の戦後沖縄(というかもっと具体的には前半の舞台は与那国島)を舞台にしたサイバーパンク。架空の戦後沖縄を舞台にしたサイバーパンクって何だよと思うと思うんですが、架空の戦後沖縄を舞台にしたサイバーパンクだからしょうがない。具体的には義体化と電脳化により人間を強化する技術が主に軍事用途で発達している。与那国島・久部良は密貿易の舞台となっており、そこで主人公の台湾人・武庭純は仲介人(ブローカー)として腕を振るっていたが、それは秘めた目的のための仮の姿だった。終戦を認識できておらず今も帝国のために戦う殺戮マシーンと化してしまった電脳化済みの元憲兵が島に上陸したという情報を得た武庭純は、騒動が久部良の密貿易市場としての価値を毀損するのを避けるべく独自に元憲兵を探し始める。しかしその最中、武庭純は謎のアメリカ人女性から司令を受け取るのだった。『含光(ポジティビティ)』を探せ――。もうこのあらすじがハイカロリーすぎる。

 与那国島が密取引の舞台となり瞬間的に大いに栄えた「ケーキ(景気)時代」を初めとする、台湾と琉球の史実を下敷きにし、島や海の香りを漂わせながら、ぶっとんだサイバーパンク設定でメガ盛りにした作品。メガ盛りの勢いは二段組みで400ページ超えの大ボリュームで、それが単に長いだけではなく、なんというか、このジャンルにおいて読者が求めていることは全部やる、という勢いがある。例えば主要な技術であるところの義体化と電脳化にしても、軍用義肢(クローム)のスペックや使い方の設定の書き込み、戦闘時に脳への物理的衝撃を和らげる緩衝葉(アブソーバー)のような小ネタ、主人公の武庭純が人工皮膚(オルトスキン)の下に隠し持つ暗器の数々、戦闘を続けるための痛覚の遮断、動揺を悟らせないための表情の制御、それがまた制御されて真顔であるということ自体がメタな情報になってしまう云々、電脳同士を接続するハッキング、それだけ改造を施された自身の実存への懐疑、などなど。与那国や台湾の風土描写、戦闘シーンや心理戦、作戦会議はもちろんのこと、定番のギャンブルシーンにもたっぷりと紙幅が割かれており(外せないよな!)、しかもそのギャンブルはカジノ船で行われる四色牌である!

 ここからだんだん内容のネタバレも含んでいきます。

 欲しい要素全部盛り込まれてるよねの話の続きでいうと、後半になってから「忘れてないですからね」的に多脚戦車が来たり、透明マントみたいなのでてきたり(東洋紡績すごすぎだろ!)、満を持して高周波日本刀(サムライソード)出てきたのとかもうサービス精神がすごすぎて笑ってしまった。無茶苦茶な戦いが続いているところで面白くしてくるのがズルい。「俺自身が銃架になることだ!」とか。色々とズルいぞ(言及するか迷って結局あとから括弧書きで書き足しているけど、こういうタイミングでこういうオマージュを入れるという構造自体がメタに伊藤計劃などのオマージュ、って思ったけどそれでいいか?)。あともちろん司令元にして黒幕のダウンズ中佐の黒幕ぶりや不死身システムぶりも素晴らしい。口調が好きすぎる。しかも身長がでかい。上位種かよ。

 緻密でボリュームのあるプロットを使って徐々にパーティーが構成されてくるのは振り返るとすごくよい。自分は登場してきたときから毛利巡査がめちゃくちゃ好きで、無表情で好戦的な狂犬キャラでありながら武庭純とある種の絆が出来上がってるのが最高。毛利巡査が踊るシーンよすぎて、これってメソッドとしてはローマ法王がプールで泳いでるっていうことなんだけど、もうローマ法王が泳ぐより毛利巡査が踊るで今後は覚えた方がいいかもしれない。あとカジノ船でめんどくさいから全員殺そうぜみたいな通信してくるとことかのかけあいがめちゃくちゃ好き。玉城の純粋さや楊さんの屈託も最後までとてもよかった。大尉が最後に活躍するのも良いし(本当に海に捨てなくてよかったな)、李志明や翁のパワーを最終戦に全部つぎ込むのもド定番ながらこの長射程で最後ピシッと決まってるのは素晴らしい(さらにいえば、最後まで武庭純が仲介人として交渉で対価を払ってそれを得ているのもしっかり噛み合っていて最高だ)。

 ラストシーン、本当に茫然自失というか、はあ……となって読み終えてしまった。最初に帯文みたとき、貴志祐介は何を言っているんだと思ったが、まさに「サイバーパンクに涙する日が来るとは」であるし、「本物の魂(マブイ)が燦めいている」。

 何食べたらこれ書けるんだ、と思いました。大変によかったです。

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