Amazon.co.jp: いずれすべては海の中に (竹書房文庫) eBook : サラ・ピンスカー, 市田泉: Kindleストア
表紙めちゃくちゃいいですよね。電子版がある本はだいたい電子で読んでるけどこれは紙の本で手にしてよかったなと思う。
冒頭作「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」がすごくて一撃必殺を食らった。ハイテク義手がなぜか道路と繋がっている(?)という奇想天外さ、理屈がつくようなつかないような不思議なSF感、通底するアメリカ的な(適切な形容ではないと思うけれど、なんというか……)空気感。短編としての構成もかっちり決まっていて、何かがすっきり解決するわけではないけれど前向きで好き。そして概ねこの空気感が全ての短編に通じていて、自分は全体的にとても好きだった。
他に特に好きだった作品は、「記憶が戻る日」、「いずれすべては海の中に」、「深淵をあとに歓喜して」、「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」。以下、内容に言及します。
「記憶が戻る日」は、退役軍人が経験した凄惨な記憶を普段は〈ベール〉で覆い隠しているのが、年に一度の祝日(Veterans Day、Remembrance Day的な。原題はそこをかけてるんだろうけど)にだけその記憶が戻る……というSF設定を下敷きに、しかし詳しい機序や戦争の経緯は語られず、どうやら毎年当事者たちが投票で〈ベール〉でもう一年記憶を消してしまうかどうか決めているらしいというのが仄めかされたりするけれど、話の焦点はあくまで主人公とその母親(退役軍人)に当たっている。主人公のやりきれなさや、毎年の出来事に対して慣れてしまっている、あるいは諦めている様子、二人のママに対して寂しさを感じつつ両方を愛している気持ち、来年はこれを聞こうと心に決める様子、と、淡々と書かれながらも色々なものが混ざり合った感情が強い印象だった。
「いずれすべては海の中に」は、ロックスターが漂流の末、漂着した浜辺でゴミ漁りの女に拾われる所から始まる。だが、単に豪華客船から救命ボートで遭難し、どこだかも分からない僻地の海岸についてしまった……という状況ではないことが、読み進めていくとだんだん分かるようになっている。ゴミ漁りの女がそこに留まっていた意味も明かされていく。さらりと視点が切り替えられていたり、挿入される先説法(風の)インタビューだったり、細かい仕掛けがその設定開示の仕方を盛り上げているし、そういうテクニカルなことをやりながら、本筋としては二人の不器用な交流を緻密に描いているのが良い。
「深淵をあとに歓喜して」は、建築家の夫が脳梗塞に倒れたのをきっかけに、夫の人生が変わってしまった事件に妻が向き合おうとする話。かつて夫は野心的な建築家であったのが、ある時を境に人が変わったようになり、子供たちのためのツリーハウス作りの他には建築への情熱を失ってしまった。夫が昏睡している今、主人公はそれに改めて向き合おうとする。長い時間的スケールで描かれた家族の話であるし、それが手遅れになっていない、遅くはないという見方で終わっているのに救いがある。深くは語られないものの、夫が協力させられた施設の輪郭がSF的スパイスとして効いているのも良い。
「そして(Nマイナス1)人しかいなくなった」は、並行世界から色々なサラ・ピンスカーを集めてきて開催されたイベント(孤島で開催されておりクローズドサークルになっている)でサラ・ピンスカーが殺され、保険の調査員をしていた主人公のサラ・ピンスカーが探偵役として捜査をはじめる……という出オチすぎる設定が、なぜか最終的に並行世界モノならではのエモい結末に収束していくというとんでもない作品。ネビュラ賞のトロフィー使うのはズルじゃん。