面白かったです。表紙デザインの蟹反重力装置(?)が良い。
以下の個別の感想にはネタバレが含まれる。
『申候』佐久間真作
粗忽長屋に材をとった短編。そもそも粗忽長屋自体が滑稽話でありながら若干の哲学・SF味をもっているので相性が良い。自分の死体を引き取ることに成功してしまった熊五郎(という名前は多分出てきていないが)が死体を庇おうとする話。落語らしく構造や文体のくり返しにリズムがあるのが好きで、とても楽しかった。オチの若干の不条理な味も、粗忽長屋をひっくり返した気味悪さで良い。
『工業暗化の女王』空舟千帆
イメージがすごく好きなんだけど話同士の連関がうまく読み取れなくて悔しかった。タイトルの工業暗化というのは採集家のパートでちょっと触れられている話の背景であり、工業化に伴う煤煙で木が黒く汚れることにより蛾の色が白から黒っぽくなる(保護色として機能する色が黒方向にズレることにより自然選択がはたらく)現象のことで、タイトルにもなっているくらいなのでキーポイントの概念のように思える。その中で採集家は白い蛾を探し求めている。病理医のパートによれば(自然選択とは違うけれど)この街の人間たちの屍体もおなじで、呼吸器などはすっかり黒く染まっているらしい。後半で採集家の屍体を病理医が解剖したところその肺には白い模様があった……というのは、多分意味があると思うけれど、ちょっと意味が読み取れなかった。探していたのが自分自身だったのですみたいな……いや多分違うよな……。また、これらの背景になっている第三のおはなしが、炎と契約して世界を煤煙に満たした女の話だが、これも煤煙以外でどう繋がっているのかがうまく読み取れなかった。
『「大解体時代」を振り返る』xcloche
これは本書で一番好きです。バベルの塔を思わせる謎の巨大な塔についての話が、その解体から位置エネルギーを得て駆動する文明の話へつながり、最終的に塔の出自に関する仮説と未来への展望に繋がっていく。タイトルにもあるとおり「振り返る」話であり、それ故に生まれているラストの〆がとてもかっこいい。どんどん広げた風呂敷に正しくけりを付けていてすごく良いと思った。そのけりを付けた上での最末尾のオチも好き。序盤中盤終盤隙が無いとはこのことで、大好きな作品。
『電話草子』巨大健造
副題に巨大健造短編集とあるとおり、いくつかの短編小説を枠物語的に取り込む形で書かれた作品。それぞれの話は本筋と関係あるようなないような……。しかしそもそも本筋の方が結構難しい話をしていて、正直自分はほぼ読み解けていないのだが、語り手たる「電話」のひょうきんな感じや、「お嬢さま」がかわいいのと、そこらじゅうの言葉遣いがかっこいいのが良かった。