Amazon.co.jp: 新しい世界を生きるための14のSF (ハヤカワ文庫JA) 電子書籍: 伴名 練: Kindleストア
皆さんは加速しましたか?
『二〇二二年五月時点で、まだSFの単著を刊行していない』作家限定(例外もある)で、過去五年間に発表された短編を集め、日本SF界の歴史を十年加速させることを目的に編まれたアンソロジー。上記ツイートの通りの経緯で見本をいただきました。「点対」のリフロー型電子書籍化不可も見届けたかったからKindle版も買った。
以下は収録作品そのものについての感想を記録するのですが、各作品のSFサブジャンルに対して伴名練が凄まじい熱量の四ページ解説を付けており、そちらも圧巻です。収録作品自体はそれぞれの初出媒体で読んでいるという人も結構いると思いますが、そういう人でもぜひ読むべき一冊だと思いました。
以下、直接的な核心は避けるものの、ネタバレがある。
特に好きなのは、「回樹」、「点対」、「冬眠世代」、「ショッピング・エクスプロージョン」、「無脊椎動物の想像力と創造性について」、「夜警」。
「Final Anchors」八島游舷
- 衝突直前の自動車の自動運転AI同士が一瞬の間に繰り広げる交通事故状況調停。
- 設定、導入がすさまじく良い。衝突直前の自動車の自動運転AI同士、状況調停、ダウナー、ファイナルアンカー、二段階目の秘密の調停など、二の矢、三の矢まで含めた状況設定がとても上手く、どんどん引き込まれてしまった。
- ただ、結末は納得感が薄く感じた。AIがこういう人間らしさを発揮するのは別に良いというかむしろそういう作品も好きだけど、この作品世界の設定とは食い合わせが悪くないか、と思った。トロッコ問題よりゲーム理論になっちゃいません?
「回樹」斜線堂有紀
- 取調室で恋人との過去を回想する女と、死体を取り込んで死者への愛情を転移させる謎の存在「回樹」。
- 回樹の設定から愛に対する冷たいまなざしが、というところは確かにSFで、一方で話の構造は違う畑から取れてるっぽい味で良く、初出の百合SFという文脈においてとても優れている作品だと思った。人間関係、恋愛の暗いところを中心に書いているんだけれども、「回樹」というSFガジェットが入ってきたときにどうなるかという実験的なところはSFらしさ。好きなバランス感覚だった。
- SFの単著は出していないからセーフ理論!
「点対」murashit
- 双子の兄弟の裏表の語りが回転しながら変奏していく。
- 改めてとてもかっこいい作品。最初の合流地点は何度たどり着いても鳥肌ものですね。「おしまいのアリア~」のところも。
- 自分が代わりに氏の過去作品と絡めた感想書こうかな。
このアンソロジーの解説はそういう方向じゃなかったから。→とおもったらあとからそういう方向のあとがき出てしまった。 - 「点対」(2020)のこの形式この語りは、極めて音声的、音楽的だというのがまず大きな特徴だと思います。リフロー型電子書籍化不可能小説というお題に対して、直線的、単線的でない語りを書くというのが作品意図だと思われますが、二つの声が併走して交わって、という対位法のイメージが取り入れられている(→ゴルトベルク変奏曲にイメージが繋がる?)。
- murashit作品がここに到達するまでには歴史というか流れがあって、単線的ではない語りを書くという課題感でいうと、「彼岸過迄」(2018)では上下二段組みで併走する語りという形式を試みていたし、「神の裁きと訣別するため」(2019)では箇条書きで語ることに挑戦してきている。これらは両方とも、形式が面白い効果を生んでいる作品だと思うけれど、それでもやっぱり結局一方方向の順番に読むことになるは変わらないじゃんというか、ある程度の単線性からは否応なく逃れられていなかったと思うのですが、それが「点対」で殻を破ってしまった感がある。二段組みとかじゃなくてもう二行セットにしてしまったことと、合流ポイントに字数をピッタリ合わせることで、二つの併走が真に時間的に同時性を持っていることを表現できる(二段組みだと、結局一段読んでからもう一段読むという、順序性から逃れられない)し、合流と交代の仕掛けが、物語の内容とも一致して効果を上げている。凄まじいですね。
- この流れも、これ書いたあとに本人ブログで言及されてたから今さら感が出てしまったが、まあそのまま載せます。
- もう一つ、細かいところなんだけれど好きなところで他作品と絡めると、「点対」では双子の語る内容の相互の不整合が序盤から入れてあって、しかも最初は自分たちの兄弟仲に対する認識とか、まだしも感じ方の違い、勘違い、みたいなのでも処理できるところから入っていって、背の高さ、ゲーセンとゲーム屋、どっちが服を借りたのか、と徐々にやっぱりおかしいぞ、噛み合わないぞ、という情報で盛り上げていく。このしれっと矛盾情報を入れてヒントにしてくるテクは「大勢なので」(2021)でもより磨きがかかった形で使われていて、進化してるなと思うところです。良い具合に深読みを誘うんだよな~。
「もしもぼくらが生まれていたら」宮西建礼
- 人工衛星や宇宙機を作る(作らないのか。構想する)高校生の宇宙青春ものとして導入しつつ、パラレルものへ。
- その仕掛けには自分はあんまり乗れなかったのと、やや説明的すぎるように感じた。
「あなたの空が見たくて」高橋文樹
- 星間旅行(インターステラー)でたまたま知り合った地球人の話。
- 良くも悪くもコンパクトな話で、本当にちょっと知り合った人のエピソードなんだよねという程度の大きさなんだけれど、端々に垣間見える設定や世界観が良くて好き。
- 失神者、よすぎる。
「冬眠世代」蜂本みさ
- 冬眠する最後の世代の熊のはなし。
- 冬眠したりしなかったりする熊社会で、夢の中で先祖の記憶や熊同士が繋がれる、というそれだけだとファンタジー的な設定に、社会の発展で冬眠しなくなるとか、自身の冬眠出産経験を記録する民俗学者だとかのレイヤーが重なってSFの色合いが入ってくるのが良い。
- そしてそれらを見せる語りが、夢の中の意識の流れ的に語り手が移り変わる不思議な構造を取っているのも柔らかい表現になっていて好き。
「九月某日の誓い」芦沢央
- 奉公先の御嬢様の超能力について。
- 大正伝奇風味の雰囲気がとても好き。
- 能力が明かされて伏線回収の流れのところがちょっとついていけないというか、ぶっ飛びすぎてないかなと思ってしまった。科学的(?)な説明が逆に無理矢理に感じるというか……。
「大江戸しんぐらりてい」夜来風音
- 和歌研究から算術長屋へ。エンジン系架空歴史SF。
- アイデアが強く展開にパワーがあって良い。算術長屋の力業感から演算士の反乱に繋がっていく辺り、理屈はもう崩壊しているというかよく分かんなくなってるし、冷静に考えるとそもそも和歌や万葉仮名から結局どうこれが導かれたのかとか謎だし、最後の起動条件それでいいのかよとか色々あるんだけど、そういう細けえことは良いんだよという勢いがあるのがすごく好き。
- タイトル回収笑った。良い。
「くすんだ言語」黒石迩守
- 言語SF。
- 中間言語はいいとして、それってブロックチェーンなのか?
- 現代と地続きのリアルな質感で未来を描こうとしているところに入ってきた娘の描写に今より古いステレオタイプを感じて、そのあたりが好みではなかった。
「ショッピング・エクスプロージョン」天沢時生
- ドンキホーテパンクSF(?)
- 面白すぎる。勢いが好き。
- 解説でコメントされているとおり、その無茶苦茶な面白さなんだけどストーリーの骨は王道なのがまた良い。
- 一番好きなギャグは「実はアパレル出身」。
「青い瞳がきこえるうちは」佐伯真洋
- VRスポーツ的な卓球を通しての昏睡者との対話。
- 卓球のディテールが良かった。
- 兄弟(と父)に閉じずにキャラを深めてるのが良いと思った。京都の景色も良い。
「それはいきなり繋がった」麦原遼
- ポストコロナ並行世界SF。
- 鏡世界であることを利用した疫病対策としての世界間移住というアイデアが鋭い。
- 説明的な思考実験の度合いが強く、もう少し物語というかドラマというかの掘り下げが欲しいと思った。
「無脊椎動物の想像力と創造性について」坂永雄一
- 蜘蛛SF。さいきん聞こえてくるジャンル(?)であるところの京都破壊SFでもある。
- これはともかく画が良い。京都の景色も。模型のところも。終盤の幻視も。
- 終盤起こっているイベントがそこで(そのときに)起こるに至る機序とか、なんか気になる部分はあるんだけど、それを容易に乗り越えてしまう画の良さがあると思った。ビジョンに振るために色々切り捨てて短編として完成度を高めてるのかなと思った。また読み返したい作品。
「夜警」琴柱遥
- 願ったものが何でも手に入る流れ星に対して願わせるために子どもを交代で夜警に立てる村。
- ファンタジックな要素から入ってSFツイストが効く。効くけど、全てを明かすわけでもなく、次の朝どうなるのかもわからないエンディングなのがまた良い味。SF的に全部説明されたら冷めちゃう題材だと思うので、この落ち着け方はすごく好きだった。
- 主人公の心情や村の描写が美しい。