レモネードに彗星 | 灰谷 魚 |本 | 通販 | Amazon
あなたが今思ったよりも全然すごかったぞ。
短編集。ジャンルは帯によるとハイパーポップSFらしい。ハイパーポップの意味はよくわからないが、序文から考えて、Xミーツガールという切り口で読んだ方が自分はしっくりくるような気がした。なんというか、個人的体験として、いまこそ読むべきだった一冊という感覚がある。というのを読んでいる間ずっと考えていて、しかしどう言語化したらいいのか最後まではっきりしなかったのだけれど、こういう話を最近とんと読んでなかったように思えて、でもこういう話が自分は確かに読みたかったよなという、懐かしさというか、納得感というか、新しいんだけど好きな作品の再読感があるというか、その手の心地よさがあった。どの作品も楽しかったけど、特によかった三作の話をすると、まずその個人的読書体験からの延長でいくと、「宇宙人がいる!」は高校の同級生である笹井と居酒屋で飲んでいると宇宙人を捕まえたと打ち明けられて、記憶や情報を読みとり何にでも姿を変えられる宇宙人に高校生のころに二日間だけ付き合った女の子に変身してもらうことで三十代後半の主人公が記憶を振り返る話だが、宇宙人というすこし不思議ハイパーポップ装置(あ、ハイパーポップの意味わかったかも)の強引さとテンポの良いギャグと記憶と思い出と他者理解の不可能性のマジカルなエモでものすごく読んでいて高まってしまった。『つま先までナーバス』あたりの仕掛けとか、エモさに説得力を上げるためのテクい側面もちりばめてあって完成度が高い。そして個人的体験としてこの一冊を読んだときの懐かしさみたいなものがなんだかメタにこの作品に象徴されている気がする。書き込みの細かさと完成度の高さでいえば、掲載順前後するが「純粋個性批判」は女子高校生が冴えない友人グループの中で出会った親友・ユカリと冷笑と軽蔑で強く繋がってしまう話で(これは題材としてはまだ懐かしさを感じるほど昔になっていないが真新しいというわけでもない、くらいのところなのだが)その冷笑ぶりの書き込みが精緻ですごい。同人誌の目次あたりもう笑いを抑えられない。そこからの「アハハハハ……ウフフフフ……」のツイストがめちゃくちゃ好き。中編の「新しい孤独の様式」は、もう読み始めてちょっとでこれが書き下ろしだなという力の入り方を感じた。自分ではこれまで性欲が薄いのではないかと思っていたし、周囲からそのように見られていると自分では思っていたが、実際のところ自分の中で何が起きているのかはよくわからないという不安を抱え、怪しい夢占いの本によると性欲が高まっているのだという二十七歳のハルオは、中学と高校でそれぞれごく短期間だけ知り合った九頭見スミと再会する。いつのまにか一人称が「ぼく」に変わっているスミにハルオは惹かれるようになり、彼女もまたハルオのことを悪く思っているようには見えないが、スミは性欲を軽蔑し、他人との肌の接触を極端に嫌っているらしかった。懊悩するハルオの前に、ひょんなことから手に入れた最新スマートグラスのアダルトコンテンツのアバターであったはずの宮田チロルが、本人曰く宇宙のバグによって現実世界に干渉しはじめる。ちりばめられた要素はコンテンポラリーであるのだが、構造や雰囲気には自分は懐かしさを感じたし(これは作者的にどうかはわからない、あくまで自分の個人的読書体験的にという逃げを打った上で言うと村上春樹とかを感じる)、その上でなお持ち味も出ていてよい作品だと思った。わかりやすすぎるところで、スマートグラスのアダルトコンテンツのアバターというのは一瞬だけSFっぽいし現代的に見えるのだけれど、宮田チロルの発生の機序なんかを語る素振りは一切見せない(これもハイパーポップか?)し、そもそもその機能は元を辿れば悪魔や悪霊に求められると思われ、古典的ですらある。それらのバランスがものすごいラインで成り立っているように感じる。宝珠山老人が自分で映画にもよくいるだろと言っちゃうところとかみるに、作品としてそれに自覚的でもあると思う。レバーの棒の下りもこういうのが大好きで(これハイパーポップか!?)、結末に納得感があり、タイトルもよい。