チベット幻想奇譚 | 星泉, 三浦順子, 海老原志穂, 星泉, 三浦順子, 海老原志穂 |本 | 通販 | Amazon
チベットの作家たちによる怪奇幻想短編のアンソロジー。「チベット人が小説という形式で自らを表現することを始めたのは一九八〇年代以降」とまえがきにある通り、すべて現代の書き手によるもので、伝統的なチベットの文化を背景にしながらも、文化大革命後の改革開放、都市化の急速な変化への混乱も扱われている。とても面白かった。
特に良かった作品の感想。
ペマ・ツェテン「屍鬼物語・続」(星泉訳)は、インドの説話を元にチベットに広く流布した枠物語である屍鬼物語(青年が聖者の指示で墓場から屍鬼を運んで持ってくることになるが、その道中で屍鬼から何を言われても絶対に喋ってはいけないと指示される。しかし屍鬼はとても魅力的な話を語るので青年は夢中になってしまい、最後にはつい返事をしてしまう。するとその途端、せっかく運んだ屍鬼が墓場に舞い戻ってしまう(!?)。青年は再び墓場まで戻って屍鬼を運び出すが、またも屍鬼が実に面白い話を始めて……)の形式で屍鬼が語る新たな一編。今回屍鬼が語るのは博打で破滅していく親子と、土地神の麝香鹿の話。これが確かに魅力的で引き込まれるし、思わず返事というかツッコミというか、口を開いてしまうというお約束にしっかり説得力を出していて良かった。元ネタの屍鬼物語もかなり気になる。
ツェワン・ナムジャ「ごみ」(星泉訳)は、ラサの市外(?)のごみの山を漁り、使えるものを拾って売って生計を立てている主人公が、おくるみに包まれた赤ん坊を見つけてしまう話。主人公はごみを漁ることにある種の誇りを持っていて、都会では価値がないと見做されたものに対して、自分がしかるべき価値を見出しているのだと考えている。しかし赤ん坊を拾ってしまったことで彼は混乱する。都市の闇、文明社会の不条理をじっとりと感じさせて、ラストの展開でその混乱が高まった末、クライマックスで急転直下の不気味なオチが鋭く効いていてよかった。
ランダ「一脚鬼カント」(三浦順子)は、ある山村で起きた「一脚鬼カント」にまつわる騒動を描く。アク・ドゥクダンは「一脚鬼カント」のお化け話の名手だったが、あるとき村長が「西寧では麝香一つが二千元する」と言ったのを聞き、欲が出て秘蔵の麝香を西寧の大都会へ売りに行く。そこであっさり詐欺に遭った上、禁猟の麝香鹿を狩ったかどで禁固と罰金を食らってしまう。そのころ村では、アク・ドゥクダンの息子が率いる自警団が隣村と睨み合い、それを公安と武装警察が何とか鎮めようとしていた。さてこの騒動に邪悪な魔物である一脚鬼カントがどう絡むのか、というのはある意味オチの部分なので書かずにおくけれど、とても自分が好きな要素だった。全く質感は違うけれど、日本の憑きもの筋と同根のものを感じる。それがこの文明化が押し寄せつつある山村を舞台に語られるのもまた良い。