【感想】『走る赤 中国女性SF作家アンソロジー』武甜静/橋本輝幸 編/大恵和実 編訳

Amazon.co.jp: 中国女性SF作家アンソロジー-走る赤 (単行本) :  , 武 甜静, 橋本 輝幸, 大恵 和実, 大恵 和実: 本

 中国女性SF作家の勢いを日本に紹介し、邦訳で読める幅を大きく広げてくれる良いアンソロジーだった。

 以下、特に良かった作品の感想。

非淆「木魅」(大恵和実 訳)

 設定の引き込み力がものすごく強い。幕末日本が舞台で、やってきた黒船は宇宙船であり、触手のある異星人は木魅(こだま)と呼ばれ、徳川家と名目上の婚姻を結んでいるという設定の元での、ある木魅とそれに仕える人間の女性の物語。もうこの時点で強すぎて勝ってるじゃないか。濃い設定と描写(木魅や、木魅の感覚に関する描写が好き)によって、短い作品ながらとても鮮烈な印象があった。

蘇莞雯「走る赤」(立原透耶 訳)

 表題作。一種のVRMMOモノ。事故に遭って以来意識障害で昏睡している主人公の朱盈はオンラインゲーム内で作業員として働いているが、春節の夜にゲーム内に実装された紅包くじイベントでの不具合により、彼女自身が紅包になってしまう(?)。このままではイベントの終了と共に彼女は削除されてしまうので、彼女は紅包として高速で疾走しながら、脱出を成功させなければならない。と、いうちょっととぼけた状況設定から、しかし朱盈のトラウマに関する真剣な課題があったり、周囲の人々のあたたかさがあったり、紅包の列に混じって走るというコミカルな画でタイムリミットが迫るハラハラ感を表現していく手腕など全方位的に上手くて、良いなあ!と思った。これにタイトルで「走る赤」(奔跑的红)と付けるのもものすごく良いセンスで好き。

顧適「メビウス時空」(大久保洋子 訳)

 タイトル「メビウス時空」の通りで、メビウスの輪的な時空に囚われてしまうという、構造の話。構造の小説は好きなのでもちろん好き。「副体」や「ホワイトルーム」のいかにもな設定も自分の好みで、かつこの設定のいかにも具合の上に絶え間ない苦痛や苦悩、終わりのなさを詰め込んでいるところが良かった。

王侃瑜「語膜」(上原かおり 訳)

 本書ではこれが一番印象に残った、すごい作品。

 言語SFであり、万能の翻訳プログラムを作っているバベル社の開発に協力する女性とその息子の話。女性はコモ語という架空の言語の教師をしていて、理想的なコモ語を話している自負があり、バベル社がコモ語の「語膜」を作成するのに協力する。一方息子は途中までインターナショナルスクールで育ったこともあり英語の方が堪能で、コモ語は上手く話せない。翻訳プログラムモノの言語SFは世に溢れている中で、観念的なビジョン(なんか人類が進化するとかそういう系)の方に行かずに、こういった形で言語と翻訳の不均衡(英語vsコモ語)、母語のアイデンティティの問題、母子の問題を正面から接続させたのはすごい胆力だと思うし、その問題意識に見合う作品に仕上がっていると思った。咄嗟にでる言葉の言語という表現が鋭い。この母親は怖い。

蘇民「ポスト意識時代」(池田智恵 訳)

 心理カウンセラーの主人公が不安障害の増加に気づき、どうやらそれが「説明が止まらなくなる」という症状だと気づいていく話。物語中盤でタイトル「ポスト意識」が説明されるあたりは、正直どういうこと?という感覚があるのだけれど、オチの鋭さで一発食らってしまった。不条理とエスカレーション、最後のオチ、という技が綺麗。

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