『文体の舵をとれ』練習問題(5)

 暗転する。視界を奪われ、誰何の声。目の前にかざされ、顔に触れる手。

 私は硬直した。棒立ちになり考える。この悪戯をしてくる相手に心当たりがあるか? ある。今の声音に覚えはあるか? いや、皆無だ。少女の声。少女の声だったと思える。背後で今は黙っている。顔に添えられた湿った手のひらは、大人のものには思われない。頭の後ろに目玉を持たない私だから、見えてはいないのだが、その手は下方から伸ばされていると思う。つまり、この私より身長が……? それでは、誰だかわからない。

 わからない、と声に出して降参すると、手が私の顔から離れ、木陰に潜んだ陽光が目の奥を刺す。振り返ると、そこに立つのは予想の通り、女の子だった。身長の方も読み通りだが、私と揃いの流鶯の制服らしきブレザー姿。しかし、これは私が自分で言うのは癪なのだが、癪ではあるのだが、その身長では高校生には見えない。耳を出して後ろ目に二つ結びにしている髪。丸顔。くるりとこちらを見上げる瞳。うちと似た制服の中学生、というのが自然な推理ではある。今日が流鶯祭であることも傍証になろう。

 だが問題は、この子のことを私は知らないということだ。

 なのに少女の目つきは、私を知っている顔だ。私の戸惑い顔を見て、わからないのかと笑っているのだ。

 瞬きした次の瞬間には少女の手が動いている。伸びたその手が私の顔に押し迫り、頬を撫でる。頬の中に埋まって、口蓋を撫でて通り過ぎ、眼窩の奥に指をかける。指の爪が神経の奥に火花を散らし、少女が私の目玉を、私の秘密を、奪い取った。

 * * *

『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』の練習問題⑤簡潔性「一段落から一ページ(四〇〇〜七〇〇文字)で、形容詞も副詞も使わずに、何かを描写する語りの文章を書くこと。会話はなし。」への回答です。

 作成に際しては、こちらの日本語品詞分解ツールによる判定で形容詞、副詞、加えて自己解釈として形容動詞および副詞化の助詞(~のよう『に』思った)も排除しました。が、上記ツールに完全に頼ったので、ツール判定上は問題なかった「くるりと」と「自然な」は実際にはNGではないか、と合評会で指摘が入りました。NGですね。

「現在、長めの作品に取り組んでいるなら、これから書く段落やページを今回の課題として執筆してみるのもいいだろう。」とあったので、次に書こうとしている某連作短編の次話の冒頭部です。これで今月の目標達成だ……。

 まず最初いきなり「だーれだ」って書きたいんだけど会話だから無理。身長が「低い」とか「幼い」顔とか書けない。縛りプレイを楽しむ感じで書きました。でも結果的に文体がソリッドな感じ(?)になり、面白い味が出たという気はします。

 しかしル=グウィン先生が言いたいのは安易な修飾語に頼るなというところだと思うのですが、日本語の形容詞と副詞、というレギュレーションにするとちょっとズレる部分も間違いなくあって、「ない。」って書けないから「いや、皆無だ。」って書くとか、それ簡潔じゃなくなってるだろみたいなところはありました。まあでもそういう些末なもやもやは置いておくと、不用意な修飾をなくして文章を鋭くしていきましょうというのは、本当にその通りだなぁと思うところでした。

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