問一:
赤く焼けた肌の男は深呼吸をした。
無理して片手で構えた剣が震える。
男の割り当ては窓一つない小部屋。
頭の上に15という数字が浮かぶ。
その数字は大きくも小さくもない。
絶望も安心もできない数字だった。
時折何か崩れる音がし床が揺れる。
額の汗を拭い何度も剣を握り直す。
故郷の女の髪のにおいを思い出す。
部屋全体が不気味に軋んで揺れた。
響いてきたのは断末魔か勝ち鬨か。
己の荒い呼吸がどうして耳障りだ。
男はもう一度頭を振り剣を握った。
その刹那運命の影が躍り駆け込む。
浮かぶ数字18を見て男は叫んだ。
ヒーローにはこれもただの通過点。
伝説になる33は次の階へと跳ぶ。
問二:
老婆がたちまち姿を変じ、一目で常人ならざる高貴と分かる輝きを放つと、果たしてそれは神と名乗り、懐から取り出した輝ける札が十枚、宙に浮き回転を始め、あっけにとられ何も言えずにいる男に神が語り始めたのは男自身の過去についてで、何も持たずこの都市にやってきたあの日のこと、空を衝く巨大な建物を見上げ、殖え続ける富に憧れたあの日、金も縁も技も持たない男が都会で始めたのはごみ拾いで、だがそれすらも男には新鮮な驚きで、この都市にどこからか集まるごみのとめどない濁流に驚愕し、むしろ拾うのが楽しく感じられ、すっかり夢中になり拾い集めていたところ、通りかかった女たちにごみまみれの風体を嘲笑われ、ごみを投げられ、男はすっかり消沈し、何とも悲しくまた苦しく、しかしその瞳の奥に炎を灯し、奮起した男は収集車を購入し、収集所を立ち上げ、資金を増やし、事業拡大にひた走り、それは見つめる神にとっても喜ばしかったが、ただ気がかりであったのは、瞳の奥の光がいつしか乾きに変わっていやしないかということで、豪奢な摩天楼を見上げる瞳が、あの日の純粋さから離れ、何を蹴落としてでも登ってやろう、自分はそれに値する人間だという驕りに囚われていないかと考えた神は、男を試すことにしたのだと語り、回転を続けもはや一つの輝きに溶けそうな札の向こう側、もう一度老婆の姿に変じてみせて語るには、ごみにまみれたこの姿をして男の真新しい邸宅の前に倒れていると、都市を歩く人々はみな老婆に冷たく、ごみを投げつける者までいる始末で、あの男も同じようにこの都市の病の気に当てられてしまったことだろうかと案じ震えていると、現れた男は老婆に走りより、服が汚れるのも構わず助け起こし、大丈夫かと問うその目には、何より明るい優しさが間違いなく宿っていたので、その類い希なる善性、福の神たる我よりこれを引くに値する、さあ手を伸ばし、摩天楼、高級車、美女、資金、全てを得るのだ。
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『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』の練習問題③
問一:一段落(二〇〇〜三〇〇文字)の語りを、十五字前後の文を並べて執筆すること。不完全な断片文は使用不可。各文には主語(主部)と述語(述部)が必須。
問二:半〜一ページの語りを、七〇〇文字に達するまで一文で執筆すること。
への作品です。
文体の練習だから内容は遊んでも良いだろと思ってふざけてしまったわけですが(申し訳ありませんでした)、でも文体の練習としては一と二で書き分けが楽しめてよかった。合評会でも二の時間操作へのポジティブな言及を結構いただき、そこが嬉しかったです。あと今回はすごいなーと思う他の方の提出作が特に多かった。