※本来の表記は「野﨑まど」(﨑のつくりの上は立)ですが、本記事では「野崎まど」と略記させていただきます
この度「メディアワークス文庫創刊10周年&野崎まどデビュー10周年 特別企画」により新装版が刊行されることとなった、野崎まどのメディアワークス文庫における以下の6作品を改めて紹介するレビュー記事です。前編はこちら。
- [映]アムリタ
- 舞面真面とお面の女
- 死なない生徒殺人事件 ~識別組子とさまよえる不死~
- 小説家の作り方
- パーフェクトフレンド
- 2
※今回の後編はネタバレありです。もう読んだ人向けに勝手に感想を語る会です。 本編未読の方は読み進めないでください! ネタバレ無しの前編はこちら。
※本当の本当に、このシリーズはネタバレで鑑賞体験が損なわれる恐れがあります。頼むから未読の人は今すぐPCまたはスマホを破壊してください!!
【旧版】
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【新装版】
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すごい力を持った女の子
前編において、この野崎まどの一連の作品の魅力として、「超越的な存在の登場」ということを挙げました。それは要約してしまえば「すごい力を持った女の子に蹂躙されたい」という願望です。6作品それぞれにおける「すごい力を持った女の子」について振り返っていこうと思います。
まず『[映]アムリタ』では天才映画監督・最原最早が登場します。彼女は主人公である二見君のもとの人格を削除し、亡くなった元恋人の人格を転写したうえ、そのことを知った本人の感情の動きを観察するというかなり異次元の行動を取ります。単体で読むと、そのどんでん返しの強烈さによって単に異常なやつという感じがしてしまうところがあるのですが、『2』まで行ったところから振り返ってみれば、最原最早は「人の心を動かす」「未知の表現を追い求める」ことにおいて常に異形の求道者であり、その目的のためにはあらゆる手段を選ばない怪物であるということが改めてわかります。薄く微笑むのかわいい。
続いて『舞面真面とお面の女』では、謎の仮面をかぶった女子中学生・みさきがヒロインを務めます。実際には女子中学生である沢渡愛美の身体を借りているだけで、本体は仮面そのもの。その正体はかつて四つの国を滅ぼした白く大きな妖怪の分け身で、かつて妖の面であったのが、もはや面の妖となったもの。 『舞面真面とお面の女』 は一連の作品の中のイレギュラーで、主人公は蹂躙されず、この妖の一枚上手をいきますが、それが『2』における絶妙なバランスにつながっているのも面白いところです。「はん」とか「ふは」とか言うのかわいい。
次に『死なない生徒殺人事件 ~識別組子とさまよえる不死~』では、『死なない生徒』である識別組子が「すごい力を持った女の子」としてのヒロインである、と見せかけて、『さまよえる不死』の方、天名珠(偽名)こそが 「すごい力を持った女の子」 です。これは鮮やかなトリックで、三作目というタイミングでテンプレ構造自体を利用したミスリードを仕掛けてきたというのにかなり感心してしまいました。タイトルも上手い。記憶を同期することで情報的不死を実現している識別組子たちと違って、天名珠は「本物の不死」であり、心臓を取り出そうが全身が潰れようが(首を切断しようが)復活することができる。突然登場してくる強引なオチで、蹂躙されたのは読者だったという形に。その存在自体の空気読めなさがかわいい。
そこから比較的穏当に正統派な美少女ヒロインが登場するのが『小説家の作り方』。この作品は一番きれいというか、シンプルな構成で力があると思っています。登場するのは世界一面白い小説を思いついてしまった作家志望の女子大生・紫依代さん。彼女は本作の作中ではそんなに「すごい力」を発現しませんが(どこぞの研究所の職員を液体にしたりはしているが)、自己の欲求のために主人公を含めた周囲を欺きます。 謎の超技術で作られた美少女ロボに入っている人工知能。 だから人外なんだけど、こうして並べると一番まともなヒロインに思えてきたな……。普通に美少女でかわいい……。
物語が加速する『パーフェクトフレンド』では天才小学生・さなかが 「すごい力を持った女の子」 として登場する……と見せかけて、またそれがミスリードに終わります。物語の冒頭では、主人公が理桜、ヒロインがさなかという構成を匂わせておき、終盤の急展開でむしろさなかこそが主人公であることが明らかになります。そんなさなかに、友達の大切さを知ってもらうというだけの目的で、その友達を一度殺し、吉祥寺を広域封鎖してあらゆる時計をずらした上に、謎の手法で蛍を操作する演出をしたヤバい奴がいる。そんなヤバい奴、そんな目的のためには手段を選ばない演出をする奴はこの世界に一人しかいない、そう、最原最早さんですね、というのが明らかになって、『2』へと繋がる強烈なクリフハンガーでこの作品は終わります。最初から「最中」と書くと読者は気づいてしまうから「さなか」と書くんだけど、それもちょっと不自然だから、理桜とか柊子とかやややとかキラキラネームで囲むという手法に感心してしまいました。やややって何だよ。
言うまでもなく、『2』での 「すごい力を持った女の子」 も当然、最原最早です。人妻で母親だが……。目的のためには手段を選ばない。常識外の資産家を誘導し、金だけ出させて欺いて帰らせる。脚本には世界一面白い小説を書く作家を連れてくる。主演俳優(兼制作進行)として二見くんに意識レベルから演技させておく。さらにそもそも自らの人格を転写した不死女に娘を育てさせた上、どうせそっちは失敗することも見越して一人で息子の方を育てている。さなかかわいそう……。
ところで、新装版の表紙には、『[映]アムリタ』『舞面真面とお面の女』において、それぞれ最原最早とみさきと思われる美少女が描かれています。このあとの新装版の表紙にも着目ですが、おそらく6冊でデザインやタッチを揃えてくると推定されるので、ここで挙げた「すごい力を持った女の子」たちの立ち絵(ミスリード含む)が並ぶのかなぁと楽しみにしています。旧版でイラスト化されなかった紫さんに注目ですかね。『2』だけは集合絵にするんだろうか? 気になりますね。
物語の『型』
前編で、「どんでん返し部分に野崎まどの特徴があり、6作全てにおいて(いやそれどころかこのシリーズ以外の作品においても)オチに関してはほぼ同一の構造、型、様式美が取られている」と書きました。読んだ人には伝わると思いますが改めて振り返っておこうと思います。
どの作品にもどんでん返しがあるよね、というのはわかりやすいと思います。
一次解決 | どんでん返し | |
[映]アムリタ | アムリタは見た人を定本にする映画であると看破して最原さんを止める | すでにアムリタを見たあとで、自分の人格はすでに上書きされていた |
舞面真面とお面の女 | みさきは仮面を受け継いだ遺産の管理人 | みさきは仮面そのもの、超常の妖怪 |
死なない生徒殺人事件 | 死なない生徒は記憶の同期により不死を実現 | 事件を起こした天名こそが本物の不死者 |
小説家の作り方 | 小説の取材のために身体を得ようとしたAIを阻止 | AIは親に隠してすでに謎高性能ロボットを獲得済み |
パーフェクトフレンド | 説明がつかない不思議な出来事で友達の大切さを知る | 全ては最原最早による子育ての一環 |
2 | 最中に見せるためだけに作られた映画2とそれを見るためだけに育てられた最中→失敗して天使に | 本物の最原最早は最中の兄・最後を育て、神様にしていた |
ざっくりまとめると上記のような感じです。更に大胆にまとめてしまうと、『パーフェクトフレンド』と『2』はもう少し複雑なのですが、基本的には「Aじゃないと思ったけど、A」だと思います。特に『パーフェクトフレンド』と『2』以外においては、Aなんじゃないかということが予め示唆され、しかし主人公は推理を重ねてAじゃないということを明らかにするが、実はやっぱりA、という構造です。Aは大体むちゃくちゃな話なのですが、Aじゃないよなというのを主人公が論証する過程を持つことで、どんでん返しの驚きは保ちながらも伏線回収を鮮やかにしていると思います。
Aじゃないと思ったけど、A | |
[映]アムリタ | 他人の人格を上書きするなんて最原さんはしない(本当はしたくない)と思ったけど、すでにしてた |
舞面真面とお面の女 | 舞面彼面とともに写真に映っていた仮面の女が何十年も生きており舞面財閥の力の正体だったなどということはないと思ったけど、あった |
死なない生徒殺人事件 | 藤凰学院の死なない生徒とは記憶を共有することで情報的な不死を実現しているだけであり肉体が蘇るという意味での本物の不死などこの世に存在しないと思ったけど、いた |
小説家の作り方 | AIむらさきは女子大生に指示を出しているだけで現実世界を直接取材する身体を持っていないからそれを欲しているのだと思ったけど、もう持ってた |
パーフェクトフレンド | そんな手の込んだ超常の演出をする人がいるはずがないと思ったけれど、いた |
2 | 最原最早ですら神に到達することはできず天使までしか創れなかった上にその過程で本人も命を落としてしまった(失敗した)と思ったけど、成功してた |
この「Aじゃないと思ったけど、A」は、ミステリ的には多重解決的などんでん返しオチに分類されるのだろうと思いますが、その原型とかをアーキタイプ的にさかのぼっていったら、案外怪談とかに通じるよなと思ったりします。たとえば『むじな(のっぺらぼう)』に代表されるような、再度の怪みたいな。逃げることができたと思ったら、もう一度同じ怪異が出てくるやつですね。張られた伏線が、一度遠ざけられたあとに突然戻ってきてしまうということに、人間は驚きながら快感を覚えてしまうと思うんです。
勝手な考察と想像
こっから先は個人的に疑問な事項について考えて行きたいと思います。多分答えは別に厳密に決まっていないやつだと思うしああだこうだいうの面白いよねみたいなやつです。
■『[映]アムリタ』の『VI. スタッフロール』の二見の記憶は消されたのか
自らの人格がすでに上書き済みであることを告げられた二見くんは、最原さんからのプレゼントの映画を見せられ、その際「これを見て忘れてください」と最原さんに言われ、記憶が消えることを覚悟しています。記憶を消すことくらい最原さんなら造作もない事でしょうが、さて実際に消したのかどうか。
客観的に『2』でわかっていることとして、その後の最原さんと二見くんは籍は入れていないものの二人の子を設けています(籍入れてないのって最原最早・最原最後・最原最中の最並べをやりたいだけだろ)。『2』の時点で最原さんは三十歳(偽造免許証に書いてある年齢だから本当とは限らないが、本体の御島鋳の方も「三十を前にして業界トップの地位に」とあるし、実際に三十歳なんだろうと思う)。のちに最後と明かされる子役が十歳とされているので、その年齢も信じるならば最原さんは最後を二十歳の時に生んでいることになる。さらに最中は『パーフェクトフレンド』時点で小学校四年生、『2』の時点で小学校五年生。十歳か十一歳ということになるけど、最後が兄であるとされている以上は、さなかも十歳で二人は双子と推定される。『[映]アムリタ』の時点で最原さんは大学一年生、おそらく十八歳。だいたい二年後の在学中に双子を生んだことになります。また、『2』でみさきさんを欺き読者すら欺く超常の演技を見せるに至った二見くんは、その動機について「最高の監督のそばにいるのは、最高の役者が相応しい」などと娘相手に恥ずかしい台詞を吐いており、最原最早に完全に惚れ込んでいる(人格を蹂躙されている)ことがわかります。
さてそういった周辺情報を踏まえた上で、『[映]アムリタ』の『VI. スタッフロール』の記憶は消されたのかどうかを考えると……消されてても消されてなくても美味しいと思います!!!
■『舞面真面とお面の女』の『一月一二日』で面をつけていた女は誰なのか
一番最後のシーンのことです。『舞面真面とお面の女』の本編では、お面をつけていたのは女子中学生である沢渡愛美でしたが、この『一月一二日』においては、仮面をつけた女はマンションに一人で暮らしているとされ、「二十代半ばくらいだろうか」「背は比較的高く、一六五センチくらいありそうだ」と描写されており、明らかに沢渡愛美とは別人です。また、『2』でのみさきさんの描写は少ないですが、長身であることはこの女と共通しており、そのまま肉体を使い続けている可能性があります。
実はこれ最初読んだとき、水面の身体が利用されているのかなと思ったんです。そうだったらいいのにな的な願望で……。でも冷静になると、水面は大学四年生、身長は「百六十センチほどしかない」と書いてあるから、あんまり整合しないんですよね。あと、水面は東京の大学に通っていることになっているから、仮に一人暮らしだったとしてもその家は東京のはずで、同様に東京の大学に通う真面について「依頼人の自宅は県外」「来ると簡単に言っても数時間はかかる」のもおかしい。三隅も住んでいるのが水面だったらそのことを意識しそうだし。というわけで水面説は棄却。そうなったらこの女は全然関係ないたまたまチョイスされた適当な女なんですかね……?
■『2』でナタリーは最原さんと二見のトリックに気づかないものなのか
二見くんのバイト先の同僚ナタリーについては、『[映]アムリタ』でも名前のみ登場していましたが、『2』において女優として正式登場します。しかしこのナタリーが少々曲者で、学生時代から二見くんのことも最原さんのことも知っているというのです。それが、数多(二見)を初対面の相手として認識した上、最原さん(不死)とは違和感なく再開している。
整合的に解釈することは可能です。二見くんについては、単純に演技が完璧なだけでなく、外見や声やなんかも完璧に別人になっており、知り合いにも見破られないような数多一人を完成させているとすれば(それができるのか若干苦しいけど)問題はありません。たとえば最中は『パーフェクトフレンド』において、父親は単身赴任しており年に何回か会う、と話していましたが、その面識がありながら吉祥寺の魔法使いが父親であると見破ることはできていません。吉祥寺の魔法使いはマントとサングラスで変装していますが、それでも声でわかっても良さそうなものです。それを見破れていないのだから、二見くんの演技はかなりすごいのかもしれません。また、最原さんについても、不死のお友達が最原さんをやっていたのは十年ということですから、ナタリーと最原さんが知り合った時点ですでに最原さん(不死)になっていて、ナタリーは最初から不死の最原さんしか知らないのだとすれば、そちらもクリアできます。
しかしそうではない説を考えることも可能ではあります。たとえば、御島鋳と同じくナタリーも最原最早の役の一つだったという説ですが……ちょっと無理かなー。
■『2』の数多(二見)と最原さん(不死)、浮気では?
この考察が一番熱いんですけど、わかりますか? 深夜のサンロード商店街でなんか二人はいい感じになってキスとかしてたわけですよ。これ浮気ですよね。でもどっちの浮気なんだ……。
さらに、そもそも遡れば、数多の役作りに入る前の二見くんは、最原さん(不死)と最中がいる家に帰ったり、そうでないときは御島鋳(最早)と最後がいる家に帰ったりしていたんですよね? それ不倫じゃないですか? んん??
終わりに
随分長い記事になってしまいました。もう一週最初から読んでみようかなと思ってもらえたら幸いです。新装版もみんなで買おうぜ。