血流

 若い娘の血はうまい。でももう選んでなどいられなかった。血が騒ぐのだ。ともかく吸わなければならない。目覚めたときから頭が痛く、立ち上がって動く事ももう出来ない。気が狂いそうだ、いや、既に狂っているのか。左腕はすっかり噛み尽くし、手首には骨が覗いている。赤が白の表面をすべっている。まだ滑らかな右の二の腕に噛み付いて、吸う。

 そこら中が赤く染められた蒲団の中で、不気味に白い天井を見上げ、俺は、濃くなった吸血鬼の血を吸い続けていた。




 夜のJRで見かけた、おとなしそうな女子高生に目を付けた。やや長い紺のスカート、白いブラウスに白のセーター、手には文庫本、幼くて素直そうな口元、小さめの眼鏡、ぱっちりした目、肩にかかる黒髪。こういう大人ではなく子供でもないのが、一番うまい。人影もまばらなプラットフォームの闇。虚ろに赤い電光掲示板を過ぎ、白く輝く自販機の前を過ぎ、彼女の後を追って階段を降りる。彼女のうなじが目に入り、唾液がもうどうにも止まらなくなる。これはうまそうだ。吸血鬼の血。騒いでいる。早く噛み付くんだ。


 やはり若い娘の血はうまい。吸血体質になってからもう長いが、女子高生の血が一番うまい。成熟し始めた身体のとろりとした甘い血の味は、吸うともう忘れられない。吸血因子の逆流入は俺にとって憎むべき悪運だったが、しかしこの味が楽しめるのはその呪いのおかげなのだ。運命を完全には憎みきれない。それくらいうまい。これもまた、呪いなのだ。


 生温い六月の風。街灯が照らし忘れた路地裏。襲いかかり、ブラウスとセーターを引き剥がしはだけさせ、後ろから肩に噛み付く。顔を殴って暴れるのをやめさせる。若い娘の血を吸うときは鎖骨に噛み付く。それが一番うまい。柔らかく弾力のある肌にゆっくりと牙を差し込んでゆく。彼女の体が震える。甘い肉に牙が分け入り、とろとろの血を舌がすくう。香りが口の中に広がる。苦悶の声がきこえてくる。俺には悦びの声にきこえる。頭に血が上る。世界が白熱し、赤熱し、暗転する。これが一番うまい、うまい、うまい。






 吸血鬼の血は一旦は静まった。頭がくらくらする。

 へたり込んだ女子高生が、後ろから、吐き捨てるように言う。

「馬鹿みたい」

 振り返ると彼女は、電車の中の姿からは想像できなかった、蔑むような嫌悪を目と口元に浮かべ、尖った歯を見せていた。飛び散った血がセーターになにか描いている。俺は口元を拭う。


* * *


 短編第68期(2008年5月)投稿。

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