4代目、4台目

 僕の体はぶっ飛んでくるくると回る。漫画のように回転し叩き付けられ、ずうんと重いものが体の中でガラガラいって、白いワンボックスが走り去る。当て逃げ、という言葉が浮かび、いや、ひき逃げだ。

 左足からとくとくと流れる温かい血で、ズボンが台無しで、僕の血はどこからか湧き出てくる泉みたいで、いや、温かいから温泉で、僕はその中で割れてしまった温泉卵みたいになる。

 目の前に男の人の足があって、後は僕が引き継ぐ、と上からその人。僕は君に万が一があったときのための予備で、君が死んだらその後は、僕が代わりを務める、って。彼はテレパシーみたいなもので、いや、僕らは意識を共有してるんだ。彼の意識が僕の意識の中でさらさら回る。僕らは同じ人格だよ、兄弟なんかよりもっと絆が強いんだ。だから言葉なんていらない、と彼は悲しげに微笑んで、僕も微笑んで。なら安心してこの温泉に体を浮かべてられるってわけで、なんだか温泉寒くなってきたなぁ。


 僕は息絶えた僕を眺めるのをやめて、携帯を取り出す。時刻は11時47分。まだ半日もたってないなんて。何しろこの半日の間に僕は27年の記憶を取り込んだ。一気に27年分ってのは、それはもう、ヘビーだった。まっさらのベビーから始めるにしても。

「もしもし、彼は死んだよ」妙な電話の始まり方だ。

「よし、死体の処理はこっちでやる。正午で君が起動してからの12時間の記憶は消え、本来の君の27年間の記憶が適応される」機械的な真っ白い声が言う。

「何度も聞いたよ」

「幸運を祈る」

 電話は切れる。足と頭から血を流して、けれど安らかな顔をしている僕を再び見下ろして、これは何回目なんだろうと思う。奴は僕が初めてのような話し方をしたけど、倒れているこの僕も、僕と同じようにしてあてがわれた使い捨ての予備かもしれない。この変な境遇も、もう何回目なんだろう。これは、子供の頃幾度となく抱いた、懐かしくて苦しいものだ。おじいさんの家で。けど考えてみれば、僕は子供時代など本当に経験してはいない。これは全く嫌になる。誰の記憶? 誰の人生?

 いつか僕も死んで、別のが来るだろうか。そのとき僕は安心して死ぬだろうか。そうだろうな、どうせ。そして僕全体としての人生は続行だ。今日見た27年間からすれば、僕という男はそんなところだろう。悲しい。


 時間が容赦なくやって来て、12時間が、27年間が、くるくると回って、僕は僕になる。


* * *


 短編第46期(2006年5月)投稿。

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