食糧大臣は、早めに首相官邸閣議室に入っていた。壁の時計では、定例閣議まで十五分。
閣議室の大臣たちは、資料を見直している者、メモを書いている者、くしで身だしなみを整えている者、氷結肉をかんでいる者など様々。氷結肉というのは、アザラシの肉を小さく凍らせたものだ。食べている科学大臣は、食糧大臣が嫌いな男の一人。彼が嫌いな男は多いのだ。
やがて残りの大臣が到着し、着席。
「これより6月12日定例閣議を始める」
首相が宣言し、大臣たちが礼。食糧大臣も礼。
まず、気候調整施設の不具合問題について。科学大臣が立ち上がって話し始める。
「今朝、アジア地方で大規模な気候調整施設の不具合が発生しました」
科学大臣は状況を説明。責任を感じている様子はない。むしろやりがいのある仕事ができてうれしそうでさえある。続いて保健大臣。
「現在アジア地方では、気温の上昇で熱中症患者が続出しています。州知事は外出の自粛を勧告しました」
おそらく混血、少し茶色っぽい女性大臣。極夜開けの太陽のように輝く笑顔が、今日はかくれてしまっている。
食糧大臣は思うのだ。
大変な問題だ。今やこの暑すぎる星で、気候調整施設がなければ我々は生きていけないだろう。だが、本来は、そのまま住めるところに住むべきではないか、と。
やがて首相が閣議終了を宣言。その後は数少ない雑談の時間。あまり気は進まないが、食糧大臣もその場に残る。
「ところで聞いただろう、ニンゲンの話」と首相。
「ええ聞きましたよ」
「何ですか、それ」
身長2メートルに満たない小柄な国防大臣は、ニンゲン絶滅を知らない。首相が待ってましたとばかりに説明。今朝、火星の飼育施設の最後のニンゲンが死に、ニンゲンは絶滅したのだ。彼らとの戦争からもう二百年。
「まあこれもしかたない事なのだよな。我々とニンゲン、どちらかが消えねばならない運命だった。今や我々の時代だ。それにニンゲンが地球を支配していたときの事を考えてみろ、我々の同胞、例えばツキノワたちは彼らに滅ぼされたのだぞ」
首相の持論。その手の歴史小説を読んでから、いつも言っている。
それを聞くたびに、憎々しげに食糧大臣は思うのだ。
それはシロクマという、この太陽系の支配生物としてのおごりではないだろうか、と。
ニンゲンがかつて地球を支配していた頃、彼らもそう思っていたのではないか、と。
やがて閣議室からシロクマたちはいなくなる。
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短編第43期(2006年2月)投稿。