【感想】『毒についての話』人間六度 編(ふわふわでとてもえらい)

 文学フリマ東京38にて入手Booth通販もあるようです。

 毒についての短編7編を収録。扉や柱に作者名がなく、ブラインドで読み終えてから目次で確認するという読み方をしたら、なんだかそれが毒味っぽくて良かった。

「純愛50000ミリシーベルト」人間六度

 生きたまま異常な量の放射線を発するようになり立ち入り禁止区域に一人放棄された元同級生の花笠しおんの元に、今日も宮成想士は防護服を身につけ物資を運んでいく。懐かしい(?)セカイ系っぽい話で、タイトルの通り純愛なのだが、扱っている題材が放射能、原子力であるというところやその結末の装置に毒々しさがあって良い。毒が反転して二人だけを守る薬になるみたいなところも、毒の概念そのものだと思った。

「薔薇色の食卓」河野咲子

 世界を旅して回る美食家である亜幾子から「いばら鳥」という珍しい”食材”を預かり育てるよう頼まれた「わたし」は、亜幾子の言うがままにいばら鳥の世話をし、やがて亜幾子の自宅に移り住んで食材の準備を続ける。食に対する狂気、執着、官能の描写が良く、これぞ毒々しい短編小説という感じ。とても読み応えがあって良かった。本書収録作の中で特に好き。

「万毒不侵」十三不塔

 生物の毒液を希釈したものを自ら接種してハイになるバイオハッカー、アレックスは事故死するが、その人間血清工場としての有用性から死を秘匿され、脳細胞と統合された高性能AIが取って代わる。AIはアレックスの振りをしながら、事故死の真相に迫っていく。死者に成り代わりつつその秘密を追うツイストの効いた展開。バトルの能力としての毒のかっこよさは小説表現と相性がいいかもしれないと思った。

「忘れられない程度の恋」犬君雀

 見たくないものや関わりたくないもの、人間にとっての「毒」になるものを認識できなくさせる「フィルター」が開発された世界。清掃員の「僕」はかつて片思いをしていた先輩に再会する。フィルターを身につけていると部屋の汚いものが見えなくなってしまうので、清掃員を呼んで掃除してもらうのだが、その清掃員も大体は見えない、という構造が面白いのだが、そのあたりをくどくど説明せずに話を進めていくのが巧みだ。すれ違ってしまった片思いの話としては定番っぽいのだが(恋愛ものって大体そうではある)SF設定のスパイスでかなり引き込まれて読むことが出来た。

「She’s a maneater」林譲治

 地域密着型のコミュニティFM放送局「FM霧瓜破夕陽ヶ丘」の、「懐かしの洋楽を楽しみながら、SNSの皆さんのメッセージを読み上げる」ラジオ番組「洋楽ウインドウ」。全編が代打のDJである穴吹八重の語りとなっているが、どうやら今夜の町は何か様子がおかしい。SNSコメントへの穴吹のレスポンスで細かく伏線を張っていき、その違和感や気持ち悪さが順調に盛り上がっていって(良い感じの気持ち悪さが好き)最後に彼女が仕掛けた毒がなんなのかが明らかになる。綺麗な構成。

「供物と電解質」榛見あきる

 モンゴルの地下資源採掘が進む過程で南ゴビ砂漠には鉱毒が浸透し、採掘企業が周辺住民に提供した防毒装備はハックされ「電気味覚」の技術を生んでいた。採掘企業の食堂に勤める遊牧民出身のニルツェツェグと中国系技術者のフィシーは、ひょんなことから秘密を共有し『毒つくり会』を結成する。モンゴルの開発の話、中国籍の有無による微妙な断絶、電気味覚のSF設定などの書き込みは細かく、二人の人物描写も分厚くて、かなり満足感がある。もう少し長い話でじっくりと読みたいなという気持ちも湧いた。

「マジックは失敗した」坂崎かおる

 ヴィクトリア朝イギリスで帽子からウサギを出してみせる冴えない奇術師の「僕」が、帽子職人のノーマンから「そのウサギはどこからやってくるのですか?」と問われる。「うすのろ」とあだ名されるノーマンはどこかズレているが、帽子からウサギを出すマジックにいたく興味を示し、やがて「僕」に弟子入りしようとする。ノーマンとの交流の機微はわくわくさせてくれるし、その上で「僕」の語りがマジックの前置きに回収されて技を披露してオープン気味に落とす構成が定番ながらバッチリキマっていて楽しくなれる。本書収録作の中で特に好き2作目。

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