【感想】『射手座の香る夏』松樹凛

射手座の香る夏 (創元日本SF叢書) | 松樹 凛 |本 | 通販 | Amazon

 致命的な部分は避けるが、ネタバレが含まれます。

「射手座の香る夏」

 人間の意識をスタックと呼ばれるデバイスに転移させる技術が発達し、スタックで人工身体を操作して危険作業に従事させている「特区」にて、人工身体転送中に元の身体が密室から消失するという事件が起きる。事件を探るうち、違法に動物を操作する〈動物乗り〉にのめり込む若者たちと、伝説の〈凪狼〉の姿が浮かび上がる。

 設定がかなり濃い。序盤、なんか会話の中ですごい勢いで設定が開示されるのが面白かった(説明セリフ過ぎギリギリのライン取り)。香りが一つのキーであるだけあり、瑞々しく感覚的で美しい描写が魅力的だと思う。結末については、ビジョンとしての美しさのパワーには圧倒されつつ、序盤中盤にミステリ的な話運びがあったこともあって、最後それでいいのか(なんか、あまり持続的でないような)というところが少し気になってしまった。

「十五までは神のうち」

 時間遡及理論を応用した技術で十五歳になると自分の出生をなかったことにするかどうかが選択できる〈巻き戻し〉が制度化された日本という設定。息子が〈巻き戻し〉を選択した主人公は、故郷の島に戻り、同じく〈巻き戻し〉を選択して消えてしまった兄がなぜそれを選択したのかを探ろうとする。

 とても良かった。本書収録作でダントツ一番好き。イチオシ。無茶設定をドンと置いて(かなり無茶なのにそれらしくちょっとだけ説明して終わるのが良い)それを前提に人間の苦しみを書いているのがとても良い。SF的過去改変のギミックを上手く活用したミステリ要素と、それを押し流してしまう悲しさや苦しさ。スケッチブックのところなんかは純粋にエモがすぎる。あと、探偵役が真実を指摘したときの犯人役の憎まれ口が、いかにも犯人役の憎まれ口すぎてむしろ笑いそうになるくらい悪役なんだけど、でも本当にその指摘の通り、このカッチリとしたロジックの嵌まり具合が謎を解決しても、息子については一切何もわかっていないというところ、構成が圧倒的だと思う。

「さよなら、スチールヘッド」

 身体性を付与した人工知性の不調を矯正するための仮想世界内のキャンプと、原因不明のゾンビ化によって荒廃したアメリカの二つの舞台が交互に語られる。互いが互いの内容を夢見ており、登場人物たちの名前は共通したものになっている。

 いわゆる(いわゆらないかもしれない)二つ視点があってどっちが基底現実かわからないぞモノ。自分はいわゆる二つ視点があってどっちが基底現実かわからないぞモノが好きなので、本作も好き。本書どの作品もそうだけど、長編でも通用しそうな設定の深め方があるのがすごい。

「影たちのいたところ」

 老婆ソフィアの昔話。イタリア南部を舞台に、普段は母と暮らしている少女時代のソフィアが、夏休みのあいだ父親の住む田舎の島で過ごしていたときのこと、海辺に漂着した九つの影を持つ少年を助けたことから始まる冒険譚。

 影を自分の身体に付けて匿ってやる影の運び屋と、それが自分たちの国に入ってくるのを許さない自警団の影狩りの戦いの構図に少女が巻き込まれる、ファンタジー的な設定のガールミーツボーイ……としても読めるのだが、それで終わっていないのがすごいところで、端々に見え隠れする設定の点と点を繋ぐことで(たとえばソフィアの昔話の舞台はこの現在から見て未来のイタリアである)より実際的現実的な題材が扱われていることが示唆される。それはそれで「影」という表象は適切なのかみたいなところが気にならなくもないけれど、重層的な構成で読ませてくるところがまずはすごいと素直に思った。昔話の枠物語をクライマックスで打ち切ってラストシーンを入れることでその間を読者に繋がせるのもすごく上手い。

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