【感想】『坂下あたると、しじょうの宇宙』 町屋良平

 ある読書会で小説を書くAIに関する話をしていたときに、この作品がまさにその話題を扱っていますと教えていただき、読むしかないと思って読みました。小説を書くAIに関する話、という観点のみで言うと、切り取り方に少し物足りなさも感じたものの、創作に関する話、青春小説として全体として良く、読んで良かったです。

 以下ネタバレ有り。

 まず小説を書くAIに関して微妙に思ったところを先に言うと、あらすじや帯文においてAIが全面に押し出されてすぎているのが気になる。公式サイトの紹介文を引用すると、

高校生の毅(つよし)は詩を書いているが、全くといっていいほど評価されていない。
一方、親友のあたるには才能があった。彼は紙上に至情の詩情を書き込める天才だった。すでに多くのファンがいて、新人賞の最終候補にも残っている。
しかもあたるは毅が片想いしている可愛い女子と付き合っていて、毅は密かに劣等感を抱いていた。
そんな中、小説投稿サイトにあたるの偽アカウントが作られる。
ふたりで「犯人」を突き止めると、それはなんとあたるの作風を模倣したAIだった。
あたるの分身のようなAIが書く小説は、やがてオリジナルの作品を書くようになり──。

 こんな感じで、テーマはAIという感じがある。しかしこれは、テーマがAIであるということを言いたいがために一般的なエンタメ小説のラインよりもネタバレしてしまっているちょっと良くない内容紹介だと思う。

 上記の紹介文からAIが来るぞと思ってわくわくしながら読むと、「それはなんとあたるの作風を模倣したAIだった」にあたる部分がなかなか来ない。こういう紹介になっていたら前半1/3くらいでAIだという事実が明かされそうなものだけど、実際に「それはなんとあたるの作風を模倣したAIだった」が判明するのはページ数で言うと全体の2/3あたり。これが読んでいるときに結構もやもやした。このプロットだと「実はAI」は結構びっくりさせたい事実なんじゃないの、というのを読んでいて感じたため。たとえば前半、AIのアカウントである「坂下あたるα」の正体が何者なのかまったく明かされないので、坂下あたる本人の自作自演、主人公の佐藤がやっている(彼が信頼できない語り手である)、浦川さとかや京王蕾がやっている、それとも最初の方でちょっと出てきた文学フリマに出てるおじさん(おじさんエアリプのリアル感めちゃくちゃ好き)……とか色々考えてしまうけどどれも当てはまらない、という感じはちょっとしたミステリー味があるのだけれど、でも紹介文におもいっきりAIって書いてあったからAIだってわかっており、そのミステリー味がまったく楽しめないという謎状態に陥る。

 そりゃあせっかく創作AIに関する良い小説が出るんだからAIというキーワードを使って宣伝したいという都合はわかるんだけど、プロットと噛み合っていない感じがもやもやした。まあでもその宣伝がされていなければ自分が読むきっかけにも繋がらなかっただろうし、これ宣伝文がこうなってなかったらAIの小説なんですよって人におすすめするのもネタバレ配慮で憚られてしまうだろうし……。難しいですね。

 次に、これは必ずしも悪いと思ったことではなく、自分の思っていたきり取り方と違ったというだけだけれども、AIがテーマですと言った割には技術的な掘り下げは皆無というか、やりませんと明言している感じがあった。それこそ「それはなんとあたるの作風を模倣したAIだった」が判明するパートで、小説投稿サイトの管理人の天才少年(なんでそこで急にラノベみたいな年少キャラ設定出てくるんだよというあたりも遊んでる感あるんだけど、これがリアリティラインを急激に押し下げる効果があって、AIの設定の強引さが薄まってるのがなかなか上手い)の長台詞で語られる内容が要するに「なんかバグで出ました」くらいしか言っておらず、AIというよりはもう投稿サイト上に現れたまねっこ幽霊ですくらいの設定であり、いやAIのアルゴリズムはブラックボックスで良いけど小説投稿サイトのサーバーごときで自然発生はしないだろそれ、発想が付喪神だよ、と思う。これを考えてもやっぱり作者のプロット上でAIはテーマではありつつもそのものを掘り下げたい題材なわけではなくて、宣伝文ミスマッチしてません?という先の話題に戻る。

 という微妙な点を始めに書き連ねたけれど、良かったところを書いていくと、AI関連については、投稿サイトの未公開の下書きからも情報が得られるだとか、既に投稿済みの部分についてもどんどん修正していってしまうだとかは現代的なリアルがあってよかった。誰にも公開していないという認識でいてもサービスプロバイダー(が飼っているAI)からは見えるというのはGoogle Drive検閲問題とかでリアリティのある話。投稿済み部分が修正されてどんどん変わっていってしまうのはWeb連載小説では(程度の問題こそあれ)あるあるであり、AIが小説を書きますと言ったときに原稿用紙に書くよりも投稿サイトに書く方がリアリティがあると考えれば、自然な帰結になる(まあそれを言ったら人間が読めるペースで連載が更新されていくということの方がちょっとリアリティ無いかもしれないけどね)。

 また、一番良かったと思うのは、先に触れたAIの技術的な中身の掘り下げは立ち入らないのに対して、その外形的な振る舞いや、その存在、その創作が人間に与えるものについて、青春小説の中で正面から扱っていたこと。AIの「模倣」性、「この人だったらこう書きそう」を書く性質、のようなものを物語の中心に据えて、それがしっかりと最終的な解決に繋がっているのが良かった。坂下あたる本人のアカウント「坂下あたる!」をモデルにしたAIである「坂下あたるα」が、いかにも坂下あたるが書きそうな語彙と内容の小説を書き、それが本人を上回っている(と本人に思わせた)ことが坂下あたるから言葉を奪ってしまう。それに対して、坂下あたるが「あえて語らなかった」「語りこぼした」言葉で詩を書き始めたと自認している毅がぶつけた作品、同じくあたるにとっては「まるで、オレが書いたみたい」と思える作品が、けれど「かいた相手が友だちだっただけで、本来文学とはなんの関係もないようなそんな事実だけで、とても安心してしまった」ことからあたるを救うことに繋がる。AIに意図や意思がない、あるいはAIが出した解に対して理由を尋ねても答えてくれない、というような性質をうまく使って、αと毅の相似・対比が鮮やかで、その構図があたるを救い出しているのがすごく綺麗で感動した。下手にAIに人格や感情的なものを付与していないのが効いてくるのが良かった。

 詩と小説を使い分けているのも上手いと思った。作中作として小説だと全文を掲載するのは当然難しいけれど、詩ならそれほど難しくなく、実際クライマックスの毅の作品も全文作中作として入っている。それ以外にも詩は作中作も、引用も多数登場するけれど、地の文から遊離したリズムや語彙の彩りが作品全体に良い違和を持ってきていると思った。自分は現代詩まったく読まないので新鮮さも大きかった。

 以上、題材が好きなだけに良くないと思った点も色々書いたけど、非常に面白く、読んで良かったです。

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