『文体の舵をとれ』練習問題(9-1)

問一

「なんか、喋んないですよね」

「え?」

「いつも黙っちゃうじゃないですか」

「いや、そう?」

「そうですよ! え、自覚ないんですか? いまも黙ってましたよね?」

「いや、でも、喋るのも変じゃない?」

「別に変じゃないですよ」

「いや、何喋ればいいの」

「そんなの自分で考えて下さいよ、なんかあるでしょ」

「だって、多分だけど、金剛力士像の話とかだとダメだよね」

「あ?」

「痛い」

「失礼ですよ」

「金剛力士像に?」

「私に!」

「痛い引っ張らないで」

「他のこと考えないで下さい」

「いやだって喋れって」

「他の女の子のこと」

「金剛力士って女の子だったの?」

「だからなんで金剛力士出てくるんですか? 今? 出てこないでしょ?」

「さっき見てきたから」

「そんなことになるならもう神社仏閣デートはしませんよ」

「そんな……」

「マジにショックを受けないで下さい」

「うん、いやでも真面目な話、喋るって言ってもなぁ……」

「あーはいはい。いいですよ。ホントは嫌いじゃないです。黙ってるの」

「え」

「それだけなんか、いっつも余裕ないんだなって」

「いや、まあ」

「目線でわかりますもん」

「あー」

「んーって、こう、怖い顔して黙っちゃって」

「うー」

「こうやって片手は握りこぶしで、もう片手は掌をこうして肘を上げて」

「金剛力士じゃん」

「口もこうやってぎゅってして」

「吽形だから黙ってんだろそれ」

「わかりました? 失礼でしょう?」

「金剛力士像に?」

「もういいです、また黙っててもらえますか?」

「あ、ちょっと、ん」

問二

 スタッフ達が縄を引く掛け声が冬の寒空に響く。熱気が門外へ発散する。八メートルを超える巨躯はいずれも七トン近い重さがあるという。力強く彫り上げられた目鼻、隆々と盛り上がる筋肉、引き結ばれた拳と反り返る掌の張り。それらが作る陰影が、角度を変えることで色づくように移り変わっていく。南ゲートへの二体の搬入設置は、このプロジェクトの最終段階である。度重なる設計工程の遅延から一度は危ぶまれたスケジュールの遵守も、アジャイル開発でリカバリーした。阿形と吽形、一対の金剛力士像が徐々に立ち上がるのを眺め、わたしは内心胸をなで下ろす。これほどの大作の、短納期対応。本部長表彰級だ。

「運慶」

 鋭く呼ぶ声がある。わたしは懐手のまま、あえてのっそりと振り返る。腰に下げた道具類を押さえながら、若い仏師が立っている。何を言われるかはわかっていた。

「立ち上げのあと、もう一度裳と金剛杵の仕上げをやらせて欲しい」

 快慶は性懲りもなく言った。

「ダメだ。明日は受入検査だ」

「今夜だけで」

「足場組まないと作業できないだろうが。朝までに撤収できん。暗いうちに解体は許さん」

 快慶の瞳に怒りの炎が走った。足場などなくとも、金剛力士像にしがみついてでもやってやると吠えかねない狂気が、その目に一瞬確かに宿ったのをわたしは見た。この男は取り憑かれている。理想の仏を夢見ている。わたしに言わせればそのような完璧主義はプロジェクトの遂行にとっては却って有害である。QCDというものは適正なレンジというものがあって、大きく振れればそれだけ良くなるというものではない。コストを度外視して高い品質を追い求めるのはダンピングですらある。快慶はわたしより十若い。仏師としては優れているが、プロジェクトマネージャーにはなれそうにない。

「より良く仕上げたいお前の気持ちはわかる。だがお前一人の作ではないのだ」

 知ったような口を利くものだとわたしは思う。わたしが快慶のように若ければ、相手を殴っていたかもしれない。いや、事実わたしは、師であった父と殴り合うこともしばしばあった。それがなにか尊いものであったとも思わない。ならばこの若き才のことを、自身の十年前に重ねることもおこがましいと思う。しばし快慶との間に無言の間が流れ、視線が逸らされる。快慶は拳を握りしめ、怒りを鎮めようとするかのように口を歪めた。その瞬間、わたしにはそれが吽形に見えた。快慶が追い求める理想の仏が、一瞬立ち現れる。

「阿形、吽形、主電源投入します!」

 作業スタッフの読み上げの声が覆い被さり、仏の姿は掻き消える。わたしはそれをつかまえることができない。

 * * *

『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』の練習問題⑨

「問一:A&B

この課題の目的は、物語を綴りながらふたりの登場人物を会話文だけで提示することだ。一~二ページ、会話文だけで執筆すること。(後略)

問二:赤の他人になりきる

四〇〇~一二〇〇文字の語りで、少なくとも二名の人物と何かしらの活動や出来事が関わってくるシーンをひとつ執筆すること。視点人物はひとり、出来事の関係者となる人物で、使うのは一人称・三人称限定視点のどちらでも可。登場人物の思考と感覚をその人物自身の言葉で読者に伝えること。視点人物は、(実在・架空問わず)、自分の好みでない人物、意見の異なる人物、嫌悪する人物、自分とまったく異なる感覚の人物のいずれかであること。(後略)」

への回答です。

 問一は会話……トーク……ピロートークだね。と思って書いた。手癖感ある。合評会でいただいた感想的には、テンポも良かったし、情報の提示度合いのコントールがうまくいったと思う。

 問二は「好みでない」「嫌悪する」は難しいなぁと思って、あとネタも思いつかなくて、金剛力士像から広げて運慶・快慶なら「自分とまったく異なる感覚」と言えるだろう、ということで書きました。文体・語彙の遊びと合わせて、面白い味は出せたと思うけど(アジャイル開発はスケジュールリカバリーの手法ではない)、この課題に対する回答としてはちょっと的を外しちゃったかなと自分では思いました。

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