このごろの季節は日が落ちるのも早くなり、もう空は真っ暗である。男の子は塾からの帰りで、一人夜道を歩いていた。まだ半袖で通している男の子には、少し肌寒い。この長い坂道を上りきれば家につく。さあ、早くおうちに帰らなきゃ。
突然、男の子の背後で、バシッ、と鞭で地面を叩くような音がした。驚いて男の子は振り返る。すると、後ろに、包丁を持った男が立っていた。ギラギラした目、包丁を持ちかすかに震える手、一目で危険と分かるような男だ。突然の事で、男の子は足がすくんでしまい、後ずさろうとするも転んでしまう。口を開けても声は出ない。
道の反対側で、バシッ、と音がした。男の子と男は音の方を向く。すると、銃を持った男が立っていた。包丁の男と同じ、黒いテカテカした服を着ている。持っているのはゲームに出てきそうな細い銀色の銃だ。銃の男は、包丁の男に銃を向けた。包丁の男は、それに驚くと、一目散に坂道を駆け下り逃げて行った。
包丁の男が角を曲がって消えて行き、あたりが静かになった。男の子は、助かったと思った。しかし今度は、銃の男がにやりと笑って、銃を男の子に向けてきた。包丁が銃に変わったのでは、状況が悪くなっただけだ。
バシッ、と、今度は銃の男の向こう側で音がした。直後、キンという人工的な音が響いて、銃の男がふらつき、スローモーションでドサリと崩れ落ちた。倒れた男をまたいで、また別の、テカテカした青い服を着た男が現れた。
「あ、いや、眠らせただけだよ。お前、怪我は無いか?」
男の子は怪我はしていなかった。青い服の男が助け起こしてくれた。
「お前なぁ、ホント俺ってやつは本当にとんでもない事をしてくれるよ」
そう言って青い服の男は、何やら携帯電話のような黒い装置を取り出して、倒れた男の体にあてがった。と、次の瞬間には倒れた男の体はバシッという音とともに消え去っていた。青い服の男はポケットから取り出した、既に火のついた銀色の煙草をくわえて、話し始めた。
「今から十五年後だけどな、お前とんでもない事思いついちゃうんだよ。まあ禁止されたらしたくなるってのは今でも自分の事のように分かるけどな、これが後々面倒なんだ。なんだって過去に戻って過去の自分を」
そこまで言ったところで、バシッという音がして、男は消えてしまった。煙草の煙も消えた。男の子は、忘れていた肌寒さが戻ってきて、身震いした。はやくおうちにかえらなきゃ。
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短編第69期(2008年6月)投稿。