「さあ、実際に試そうではないか」と博士。
「ええ、はやく試してみましょう」と助手。
博士と助手は苦心の末、一年をかけてこの発明品を作りあげた。『何でも見える眼鏡』である。
「しかしせっかくだから、かけたとき何が見えるか先に考えてみようじゃないか」と博士が言った。
「それも面白そうですね。早くかけてみたい気持ちもありますが、考えましょう」と助手が言った。
博士と助手は考えた。『何でも見える』のだから、どこまでも遠くや、逆に目の前の空気中の微小な塵も見えるのではないだろうか。この研究所の外の様子を壁を透かして見る事や、さらには地球の裏側までみる事ができるのではないだろうか。後ろにある物や、自分自身や、遠くからみた状態も見えるのではないだろうか。物の価値や、人が嘘をついているかどうかや、未来まで見えるのではないだろうか。二人の議論はしばらく続き、やがて二人とも黙りこんだ。
「もう我慢ができません。早くかけてみましょう」と助手。
「お前の言う通りだ。かければ全てわかることだ」と博士。
しかし、いよいよ完成した試作品の『何でも見える眼鏡』を前にして、問題が起きた。
「試作品は一つしかない。悪いが私に先にかけさせてくれ」と博士。
「そんな。私だってこの研究に貢献しました。どうか私に」と助手。
二人は自分こそが眼鏡を先にかけるのにふさわしいと主張しあったが、二人の話し合いはまとまらない。ついに博士がある提案をした。それは試作品の元になったただの何でもない普通の眼鏡と『何でも見える眼鏡』とを混ぜ、二人で一つずつ選んで同時にかける、というものだ。
「見かけではどちらがどちらかわからない。いい考えだろう」と博士。
「なるほど、それなら公平にもなりますし、いい考えですね」と助手。
「ではかけよう。いいか、私が合図をしたらだぞ」と博士。
「わかりました。博士こそ抜け駆けはだめですよ」と助手。
二人は同時にそれぞれの眼鏡をかけた。
とたんに二人とも素頓狂な声を上げ、すぐに眼鏡を外した。目を見合わせ、もう一度自分の持っている眼鏡をまじまじと見た後、素早く互いの持っている眼鏡を交換し、かけた。
するととたんに二人ともさらに素頓狂な声を上げ、すぐに眼鏡を外した。目を見合わせ、さらにもう一度自分の持っている眼鏡をまじまじと見た後、素早く互いの持っている眼鏡をまた交換し、かけた。
とたんに二人とももっと素頓狂な声を上げ……
* * *
短編第44期(2006年3月)投稿。