「生まれた時から待ってたの!」
野原で回転する君の笑いと叫び。微風も頬に吹いてきて。天を君につられて仰ぐと。永久に浮かんでいて欲しい夏の雲。
「もっとこっちにおいでよ!」
喜びかなしみオレンジワンピース。涼しげに君はいつの間にか遠く。苦しくって僕も追いかける。
「ルーレットみたい!」
いつか見た光景に君がしゃがみ。見上げて花を指さし報告。
「くるくるー、ってなりそう!」
うん、と苦笑。
「うん、確かにルーレットみたいだけど、それは時計草だよ。よく見て、文字盤と針に」
「にゃっ、時計だったんだね! ねぇ時計さん、間違えてごめんねぇ、くるくるー」
「ルーレットじゃないんだよ、くるくるって。て、しかもそれ反時計回り」
「りんは進むはいやなのぉ! お兄と一緒なら何度でも繰り返すから!」
螺旋のように時針は悲痛に丸まり。りんは急に抱きつく。苦悩に心臓がくねり草の上に転がる。
「ルーレットも時計も何でもいい、ずっと待ってた。ただずっと、お兄と二人でいられる日、ね……」
熱。つくりごと。戸惑と焦り。りんの急に大人びた声。艶なる息。気が体中を駆けた。たまらずりんを抱きしめ。目に眩し。褥に注ぐ天の陽の光。りんのにおいが背中から満ちる草のにおいにまじると。遠くで犬の声が。
「我慢して。天から見られてるから、私の名前を呼ばないで。でないとそこで終わっちゃう」
頷く。苦しげに震える背中を両手でさすり。りんはここにいる。ルビーの活字で心に刻む。
「無理しちゃだめ、力を抜くんだ」
黙ってりんは僕の肩にうずめていた顔を上げる。瑠璃色の瞳の奥。くるくる時計草が反時計回り。りんと僕はくちづけて。天は見てるだろう。生まれた時から。ララバイとエレジィ。今際の歌唄。ためらいフラジャイルそっと。時は夢の中。体は現実の続き。君と僕とは愛しあう。生まれた時から待っていた。
黄昏に溺れる寝台に横臥。画家はもうこの病室を去った。大海を知らない少女の一輪を携えた姿を描き終えて。天上までサナトリウム文学は続く。朽ちかけた扉が開かれ。レンブラントの解剖学講義。銀色の死の影を医者たちが覗き込む。
夢幻の中か。
彼は五分で一周程度さっき映像化した幻を観ています。
凄まじい病だな。
なにしろ、覚めたくないくらい幸せで辛いんですから。
来訪者が去るのにも気付かず眠る男。鼓動は窓の外に咲く彼女へ。永遠に外の世界まで巻き込んで続く。くるくるくる、一輪の時計草。
* * *
短編第95期投稿。1000文字。