部屋の隅の壁紙の剥がれた辺りから白髪の男が急に現れ、俺の休日の午後を破壊した。
「何しとんねん」
居間でだらだらくつろいでいたら見知らぬ男が現れたのだ、仰天である。
「なんだ、神か悪魔か」
「どうでもよろしい、何してるんやて」
「何って、ただだらだら」
実際のところ何もしていなかったのだ。男は丸メガネが飛び散らんばかりに勢い良くイライラと白髪を掻きむしった。
「なんやそれアホボケカス! あんた『俺』や、主人公や。主人公に目的意識無い小説つまらん。はよ面白うせんと」
白髪が数本抜ける。
「いまな、いきなり登場してな、あんたの日常世界、破壊してん。やろ? 常識的な世界やったらこんなんいきなりけえへん。破壊や、破壊で始まる小説や。そしたら主人公何かしたい思えや。行動に理由と意志と感動」
その時キッチンから妻が顔を出した。
「あらお客さん」
「客じゃない」
「お茶をお持ちしますわ」
「どうぞお構いなく」
こいつ標準語もしゃべるのか。説教は続く。
「んでな、あんた主人公の自覚足りひんねや。こうしたい思うことないんかいな、なんも無いんやったら読者ついてけえへんで?」
なるほど確かに俺は主人公としての自覚が足りない。でもしたいことなど。
「……若くて尻のでかい女とセックスがしたい」
考えてみたらこれは小説。現実の倫理観から多少の逸脱は認められる、芸術。
「バックで頼む」
そこ重要。
「なんやあるんか思ったら、あんたええ奥さんもろといてそんなこと」
「小説なんだからいいじゃないか」
「そんなん目的やのうてただの願望やん。ええけどどうする、もう字数8割過ぎてまう。こっから若くて尻でかい女出すの難しいんちゃう」
「そこを何とかするのが小説だろう」
「ゆうてもちゃんと話終わらせて、きれいにオチ付けるかまとめるかなんかせんと、小説面白くならんねんで? そやからあんたがでかい尻にパンパンやってああ気持ちよはいちゃんちゃん、おわり、ゆう訳にいかん。また言われてまうで『それで?』って」
「畜生、妻を出したのは字数の無駄……いやこの会話自体無駄」
「ほな黙ろか」
そこで俺たち二人は黙り込み、キッチンから湯を沸かす音がゆらり流れてくるのを聞いた。
「……あかんやないか! 描写でも字数は使うんや。この小説無駄な文多すぎるわ。描写も凡庸、題材もベタベタ、構成もクズや」
「こりゃどうしようも……そうだ推敲だ! 推敲しよう! 頭冷やして書き直せ!」
* * *
短編第88期投稿。