「こんにちは、おばあさん」
いつも青いずきんをかぶっている青ずきんという女の子が、森の中のおばあさんの家を訪ねました。
「出かけているのかしら……?」
ところが急に戸が開き、大きな大きな恐ろしい狼が出てきます。
「げへへ、ババアはまあまあだったが、若いムスメのデザートつき。こりゃあたまらん」
なんということでしょう。青ずきんは驚いて転び、そこへ狼がどんどん迫ってきます。片目があらぬ方向を向き、口からはヨダレを垂らして。
「うひぃウマそうなムスメだあぁ」
しかし、青ずきんは何とか落ち着きを取り戻し、きと結伽趺坐で座し瞑目します。すると頭にかぶった青い天鵞絨のずきんから鋭い光線があふれ出し、狼の目に直撃。たちまち狼は青ずきんの姿が見えなくなりました。
「小娘ァ! 何処に隠れおったあくわせふじこおぅぁあ!」
青ずきんの美味なる少女芳香は未だ消えず、狼は気も狂わんばかりに辺りを探し走り回りますが、青ずきんの眼前を何度も通っているのに、見つけられません。
一晩中走り続けて狼はへとへと。やがて暁鐘の鳴る頃、青ずきんは姿を現して、
「狼さん、私を食べないの」
「一晩中そこに」
「ええ、こうして座ってたわ」
狼はつっぷしてわあっと泣き出し、
「ボクはダメな狼だ……人を喰うのが止められない……死んだ方が良い……」
「あら、それって健全なオトコノコなら普通の事じゃない? けど」
すと立ち上がった少女の背丈の高きに狼は妙に感じ入って声も出ずに。
「人の肉を食べるのなんかよりもっと気持ち良いこと、してあげようか?」
少し持ち上げられた口の端とふふんと見下す眉にごくりと。
「おねだりできたら、してあげる」
ずきん。
青ずきんは狼を平らかな石の上に座らせ、青染のずきんを脱いで被せてやり、歌います。
「川のおもてにお月様、松風のワルツ眺めて、終わらないこの長い夜、清らかな宵……」
「それ、なんだい」
「考えるのよ、この詩の意味を……わかったら、ステキなごほうびをあげる……」
そうして青ずきんは行ってしまいました。
森の人喰い狼の噂はいつしか忘れられます。
けれど狼は今でも青いずきんをかぶって石の上。ごほうびに杖で打ってもらえるのをうずうずしながら待っています。時々、彼の呟く声を聞いたと言う動物もいるのです。
「……川のおもてにお月様、松風のワルツ眺めて、終わらないこの長い夜、清らかな宵……」
青ずきんは、まだ戻ってきません。
* * *
短編第87期投稿。
元ネタ:雨月物語より青頭巾