この束の間の待ち時間、「CP対称性の破れ」について、お二人さんにお教えしよう!
ここに映画館の椅子。映画館の椅子、ひじ掛けに飲み物とか置けるホルダーあるね。このホルダーが今夜の主役。ホルダーに置くものは、コーラ(映画館にぴったりな飲み物はコーラ! オレンジジュースは軟弱な選択だ、ウーロン茶は廃絶されるべきだ!)、あるいは一番ちっこいポップコーン(キャラメルも認許!)。映画館の椅子をぐるりと環状に配し、円の内側向きにひとびとを座らせる。彼らは手に手にコーラあるいはポップコーンを揚げる。革命の民は鋤と鍬を手にする!
だが。自らの第二魂であるColaあるいはPopcornを、左右どちらのホルダーにおけばいいのか、彼らには、わから、ない。
馬手のホルダーにおけば、右の人は憤慨するやもしれず、かといって弓手のホルダーにおくのも躊躇ってしまう。しかし(そう、哀れな観客はこう考えて慄く!)、左右両方のホルダーが左右両方の金城の城主に押さえられれば、自分はホルダーを使えぬのだ、ああもはや! これはまさに我が国に相応しい喜悲劇だ!
そういうわけで。映画館の椅子のホルダーは、左右どちらにも属さなくって。しっかり対称性を保持してて。
だが。円環の一点で、一人の娘が動く。
美妙に滑る優しい黒髪を、風の滲む左手でやわらかくなでつけながら(これぞ我らの希求せしもの!)、右手に持ったPを、そのまま右のホルダーに差し込む! それを見た彼女の右の座席の英国風紳士は、しめたとばかりCを右のホルダーへ滑り込ます! その右の夫人も、微笑と共にPを右のホルダーへ!
ほらほらおわかりか!? CP対称性は破られたのだ、この連鎖で! ホルダーの所有権がどちら側に属するか、円環の全員に言い渡されたのだこの刹那! 草原を駆けくだる炎! まさに!
「ごめん、ちょっととり乱した」
私は座席にずるりずるりと沈みこんで一息つく。上映時刻まであと少し。
「ぶつぶつうるさいぞ」右に座る五つ上の姉がCを私の馬手のホルダーに置く。
「理系って自分の意味不明でキモい例え話に酔うよね」左に座る三つ上の姉がPを私の弓手のホルダーに置く。
この圧倒的な不如意を如何せん!
ちょっとふくれてみる。が無視される。照明がおちはじめ。私は自分の軟弱な選択を膝の上で支え。闇に乗じてお姉ちゃん達のCとPを勝手に頂くことに決める。繰り返す、これは、反乱である。
* * *
短編第81期(2009年6月)投稿。