Amazon.co.jp: 箱庭クロニクル : 坂崎 かおる: 本
短篇集。めちゃくちゃ豪華な一冊。
全部面白いのだが、「ベルを鳴らして」が、その中でも明らかに一回り他の作品よりさらに面白かった。人一倍の向上心の持ち主で、高女を卒業後に邦文タイピスト養成校に入ったショウコは、中国人であるという「先生」が手足のようにタイプライターを操るのに勝ちたいと思うようになり、文字盤を暗記し、空中で架空のタイプライターを操作し、修練に励む。これ、明らかに物語上に飛躍がある、それも複数あり、通常の物語であれば許されない類いの飛躍さであるのだが、何故かギリギリのバランスで成立しているように読めて、そこに普通ではない凄みがある。「勅」の飛躍を(これ自体は、無理のない、たいへん気持ちの良い、私たちが物語に求めている素直な飛躍であり)そういうものとして受け入れてしまった読者は、既に「楸」の飛躍と「別」の飛躍も受け入れざるを得ないように仕組まれてしまっている。だって「勅」がありなら「楸」がないとは言えないし、それを知れば「別」もあり得る……いや……あり得る……か……? そして読者が誰もついてこなくてもショウコはベルを鳴らして次の行に行ってしまう。強すぎる。
他の作品からもう一つ選ぶと、「あしながおばさん」が「うわぁ」となる箇所が多くて良かった。冒頭から「かつ料理 勝ドキ」の会社概要、八王子東店の説明、そこで働く「牛尾れいな」の描写――ときて四つ目の段落で「わたし」が生えてくる(いやこれ「生えてくる」としか言いようがない)ときの「うわぁ」がすごくて楽しかった。最後の異常な絵面までずっと「うわぁ」とさせてくる短編。